第45話 vs白騎士

 レベル50≪白騎士≫との戦いが始まる。


 白騎士は体の端から鎧ごと霧のように散っていく。白銀が空中を漂い、やがて全身が完全にかき消える。


 その様子を眺めながら、俺には一切の動揺はない。このエリアに足を踏み入れた直後——否。ダンジョンへ来る前から白騎士の行動パターンを予測している。、明確な白騎士の攻撃のひとつ。


 低くした姿勢をやや右にずらして、タイミングを合わせる。一秒いちびょう経ってから、白銀の霧は不自然な動きでこちらに飛来した。距離が半分を切ったあたりで、徐々に霧が集まって肉体を構成する。最初は右腕から、やがて頭部、左腕、下半身の順に高速で白騎士の体が元に戻る。


 気が付いた時には目の前にいた。


 掲げた身の丈ほどの直剣を振り下ろす。


 高いSTRを活かした攻撃を、俺は跳ねるようにして横へかわした。ブンッ! という強烈な空気を引き裂く音が耳に届き、白騎士の攻撃は空振る。


 やはりゲームどおりの動きだ。


 白騎士はまず、相手との距離が一定以上あいてる場合、肉体を霧に変えて高速接近してくる。霧に変わってるあいだは、あらゆる物理・魔法攻撃を無効化し、攻撃モーションのあとにしかダメージを与えられない。


 さらに今しがた、白騎士は上段からの切り落としのみを行ったが、高速移動からの攻撃パターンは二つある。一撃か、連撃かのどちらか。


 前者なら隙が大きく反撃を与えられるが、後者の場合は回避一択。素晴らしいほど高い攻撃力で一気にHPを削り取られるからだ。


 一応、この世界では初見という扱いなので念のため大きく横に回避したが、白騎士の初撃はゲームどおり。他のモーションに変化がなければ、弱点を突きながら一気に畳み掛けるとしよう。


 そこまで思考が巡ったところで、硬直から解放された白騎士の黄金色の瞳がこちらに向いた。


 剣を内側へ引いて、ステップとともに切り込む。


 今度は安全重視に相手の攻撃を受け止めた。自分よりはるかに高い筋力数値が、剣身を通して手元に伝わる。完全には威力を殺し切れず、わずかに腕があがった。弾かれた剣と剣とのあいだに薄っすらと火花が飛び散る。


 何度もガードしようとすると危険だな。


 返す刃で斜めに剣を振った白騎士の攻撃をギリギリでかわしながら、数歩後ろへ下がる。そこから更に十分ほど、命を懸けた全力の検証が行われた。


 その結果、白騎士も例に漏れずゲームの頃と同じモーションしかしてこないことがわかった。それならたとえレベル差があろうと、勝てない相手じゃない。


「さて……それじゃあ、地道に削っていこうか」


 まずは魔法を唱える。


 中級神聖魔法≪神憑≫。


 身体能力がわずかに白騎士に近付く。次いで、空いてるほうの左手で中級神聖魔法≪神器≫で作った光の剣を握る。かつて戦ったヘラルドという男と同じ双剣スタイルだ。


 安全に戦うなら片手のほうがなにかと動きやすいが、ダメージ重視の場合はとにかく手数がいる。体の前で二振りの刃を交差させ、斬りかかってくる白騎士へ応戦する。


 一撃でも受ければ致命的なダメージに繋がりかねない白騎士の攻撃を、時にかわし、時に防ぎ、時に掠りながらも時間をかけて反撃していく。


 魔物に対して効果の低い≪闇属性魔法≫さえ使えればもっと早く決着はつくのだが、それを言っても詮無きこと。邪な思考は退けて、目の前の相手をただ殺すことだけを考える。


 およそ三十分。


 ≪神器≫による攻撃が白騎士の心臓部分に刺さり、とうとう勝敗が決する。


 兜の内側から低い呻き声のようなものを漏らして、白騎士が膝を突いた。ゲームではボイスなど設定されていなかったはずなのに、この世界では女性みたいな高い声だった。


 地面に突き刺した剣から手が離れ、ずるずると力なく倒れる。体を支えることすらできずに、最後には全身が煙となって消滅する。コロン、と床に魔石が落ちるのを確認すれば、白騎士が死んだのは確実だった。


「ふう……勝てた」


 いままでで一番疲れる戦いだった。


 額に浮かんだ汗を拭い、エリアの外にいるウィクトーリアたちの下へ戻る。


 俺が目の前にやってくると、ウィクトーリアの護衛をしている二人の男性が、びくりと肩を震わせて腰にぶら下げている鞘に手を添えた。


 あれ? ウィクトーリアを怖がらせようと思っていたのに、護衛の男たちまで怖がらせてしまった? しかも恐怖の対象は白騎士ではなく俺らしい。


 気持ちはわかるが、別に危害を加えるつもりはないので、平然な態度で声をかけた。


「どうでしたか、ウィクトーリア嬢。あれが上級ダンジョンに出てくるモンスターですよ。まだ手前の雑魚ですが」


「…………上手く、言葉に出来ません。この気持ちを」


 だろうね。


 ダンジョンに潜ったことがない相手をいきなり上級ダンジョン……最高難易度の場所へ連れてきたのだ。そもそも理解できなくて当然である。


「いまの白騎士はレベル50はあるので、俺でも油断したら死にます。あなたが天才だと称えた俺でもね。だから、どれだけダンジョンが危険な場所か、嫌でも理解してくれましたか?」


 そう問いかけると、少しの間を置いてウィクトーリアはこくこくと素直に頷いてくれた。想像以上だったのだろう。


 これで少しは懲りてくれると助かる。


 ニコリと笑ったあと、背後で白い煙とともに白騎士が復活を果たす。他のダンジョンだと黒い煙だったが、白騎士っていうだけあって白いな。


 単純な感想を心の中で呟いてから、最後にウィクトーリアに言った。


「では俺はしばらくあの白騎士と戦ってるので、飽きたら勝手に帰ってください。エリアの中にさえ入らなければ、あれに襲われることはないので」


「へ、ヘルメス様はまだ戦うつもりなんですか? あなたより、強いのでしょう?」


「はい。俺より強いですよ。でも、経験値はおいしいしさっきより俺も強くなってるので心配はいりません。攻撃パターンも変化がなければ全て把握してるので」


「…………」


 ウィクトーリアが口を開けたまま呆然としていた。


 そばにいる護衛の男たちが、小さな声で「狂ってる……」と戦慄していたが、それほどでもありませんよ。俺は勝算が高いとわかってるから戦えるだけだ。


 低かったら挑んだりしない。


 それを理解できるわけもなし。踵を返して、再びエリアの中へと入っていく。


 これ以上の会話は、もう俺には必要なかった。

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