第46話 熱血系お嬢様
銀色のライトエフェクトが、踊るように中空を奔る。
≪白騎士≫の内側に潜り込んだ状態で螺旋を描くと、面白いくらいのヒット数とダメージを相手に与える。敵は白銀の鎧で全身を防御してるはずなのに、一定のダメージが蓄積するとその鎧ごと虚空へ消滅してしまう。その原理が、ゲームなのだからかどうかは俺の与り知らぬところだ。
すでに上級ダンジョン≪十戒≫へやって来て数時間は経過した。その間、十体を優を越える白騎士を経験値へ変えた俺は、顔中にびっしりと大粒の汗を垂らしながら、「ふう」と小さく息を吐いて整える。
休憩を挟みながらのレベリングにもそろそろ限界だ。大量の白騎士を駆逐したことでレベルが上がり、多少は攻撃を受けても平気になったが、それでも三発を超えたあたりから被弾を無視できるようにはならなかった。
再び目の前に異なる白騎士が
ひらけたエリアと狭い通路を隔てる境界線を越えると、腰を下ろしていたウィクトーリアが立ち上がって駆け寄ってくる。手にしたハンカチで甲斐甲斐しく額の汗を拭ってくれた。
「お疲れ様でした。休憩ですか?」
「ああ、いや、違います。そろそろ集中力も限界だから引き上げようかなって。ありがとうございます、ウィクトーリア嬢」
「そうですか。私もそろそろ家に帰らないといけない時間だったので助かります。地上まで歩けますか?」
「ええ。気力がガリガリ削れただけで、体力にはまだまだ余裕がありますので」
ウィクトーリアが汗を拭き終える。護衛の男たちが彼女を先導して前を歩き始めた。行きは俺の後ろにいたのに、今度は後ろが危険だとわかるや前に立つ。意外と強かで賢いね。
その背中を追ったウィクトーリアの隣に並んで、そう言えばと思い出したように口をあけた。
「あの、面白かったですか……? ずっとダンジョンの中にいましたけど」
「え? 私、ですか?」
「はい。俺は白騎士と戦ってたけど、ウィクトーリア嬢はずっと観戦しかしてなかったでしょう? それで楽しめたのかなって」
楽しめました、と言われたら困るが、かと言って「ダンジョンはとても恐ろしかったでしょう?」とストレートに尋ねるのもなんだかな。
俺の質問にやや視線を逸らして彼女は考える。五秒後、苦笑いを浮かべて言った。
「楽しかったかどうかと言われると、決して楽しくはありませんでしたね。ヘルメス様の言うとおり、ダンジョンにいる魔物は恐ろしいです。あんなバケモノを相手にしたヘルメス様を尊敬しますが、自分が同じ極地に立てるかどうか……想像してみましたけど、無理ですね。あそこまでストイックにはなれません」
「そっか……それがわかっただけでも連れてきた甲斐があります」
「はい。ちゃんと場数を踏んでレベルアップしてから挑戦します! まずは下級ダンジョンの攻略からですね!」
「え?」
ちょっと待って。なに言ってるの?
俺が唖然としていると、なおも彼女は輝く瞳を向けて続けた。
「白騎士はとても恐ろしかったです。見てるだけで心が苦しくなりました。下級ダンジョンと言えども、いまの私では何もできないかもしれません。それでも! 挑戦することに意味がある! 壁は高いだけ乗り越える時の快感が強まると思いませんか!?」
「えぇ……そうなるの?」
チャレンジ精神はたいへんよく理解できるが、まさか彼女がそういうタイプの人間だとは思ってもみなかった。
怖いからこそ、それを乗り越えたいと思うだなんて……ちょっと逞しすぎやしませんか?
そう言えば、暴漢に誘拐されかけた彼女は、自らの未熟さを省みて強くなることを決めたとか言ってたな。
外見はお淑やかっぽいのに、心はものすごく熱血でした。
もう俺の手にはあまる。
ふんす! と気合を入れる彼女を見たらそう思った。護衛の騎士も前を歩きながら話が聞こえていたらしい。頭を痛めている。
「いつか、一緒に上級ダンジョンを攻略しましょうね! 必ず、ヘルメス様の隣に立てるくらい強くなりますので!」
「…………うん、タノシミニシテルヨ……」
力なく答え、考えるのをやめた。
これはあれだ。俺のせいじゃない。
ラナキュラス家の育児方針に問題があった。そうに違いない。
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