第42話 vs護衛騎士

 西洋の甲冑を纏った男はさらに言葉を続ける。


「いくらウィクトーリア様を誘拐犯から助けた恩人とはいえ、ダンジョンなんて危険な場所に連れて行こうと言うのだ、相応の実力を示してほしい! まさか、今さら怖くて私とは戦えない、とは言うまい?」


「それは……」


 色々とツッコみたい部分はあるが、これ以上騒ぎを大きくしたくない。不敬だなんだ、そこまで言ってないなどの言葉を全て呑み込み、肩を竦めて返事を返す。


「わかった。あなたと戦えばいいのかな?」


「そのとおりです。ダンジョンのそばにはひらけたスペースがありますから、そこで軽く刃を交えましょう。ヘルメス様の実力が本物だとわかれば、私も大人しく身を引きます。そうでなければウィクトーリア様はすぐにでもご自宅へ連れて帰りますからね!」


「やれやれ……血の気の多い護衛だね」


 通りの先、近くのダンジョンへ向かって歩き出した男の背中を追う。並んで歩くウィクトーリアが、申し訳なさそうな顔で言った。


「す、すみませんでした、ヘルメス様。ここまで大事になるとは……」


「構いませんよ。自分から首を突っ込んだことですし、なんとなく、あの騎士も気に喰わないので」


「ヘルメス様……ありがとうございます」


「いえいえ。それより、これからあの方と戦いますが、俺が倒しても問題ありませんか? 怪我をさせるつもりはありませんが、万が一のことも考えられます」


「はい! それはもう思い切りやってください! 責任は私が持ちます!」


 グッと拳を握り締め、「ファイト!」と言わんばかりのウィクトーリアの態度に苦笑する。


「いいんですか? もっとこう……心配するとかは……」


「あの人は頼んでもないのに付きまとってくるので気持ち悪いんです。実力は確かなので解雇しずらいですが、今日の件を持ち出せばクビにできるでしょう。前々から嫌いだったので、どうぞご自由に負かしてくださいっ」


「は、はぁ……」


 なんだかよくわからないが、取り合えずあの護衛の男をボコボコにしてもいいらしい。ボコボコにするつもりはないが、急に自分がお姫様を騎士から攫う魔王的なポジションに思えてきた。


 どちらが悪いなど、一方の意見では決められない。彼女を心配する男の言動とて、裏を返せばそれだけウィクトーリアの身を案じてるということだ。


 付きまとう云々は忘れて、せめてやりすぎないように注意しながら戦うことを決めた。




 ▼




 歩くこと二十分。俺たちは下級ダンジョンの入り口そばに到着した。


 ひらけたスペースを確保し、騎士甲冑の男が鞘から剣を抜いて言った。


「これで準備はできました。真剣での勝負になりますが、命や怪我が怖ければ辞退してください。それとも、貴族を傷つけるとは不敬だ! と言いますか?」


「いや、そちらも命を懸けるならこちらも命を懸けましょう。この勝負で命を落とそうとあなたは悪くない。ルナセリア公爵家の名に誓って不問にします」


「それはそれは、ありがとうございます。これで心置きなく戦える」


 そう言って男は剣を上段で構えた。俺も中段で剣を構え、戦闘が始まる。


 見るからにパワータイプと思われる男が、グッと足に力を込めて地面を蹴った。猛スピードで俺に肉薄する。技量もクソも関係ない。ただ力任せな一撃が振り下ろされた。


 当然、俺は斜め後ろにステップしてそれをかわす。


「ふむふむ……」


「チッ! 今度こそっ」


 逃げる俺を、男は剣を振り回しながら追いかける。パワーは大したものだが、剣術の熟練度は恐らくそんなに高くない。この世界では珍しくもない剛剣の使い手だ。剛剣は、よほどの使い手でもないかぎり対人戦では不利だったりする。


 そりゃあそうだろう。ただ力に任せて剣を振ることを「これが剛剣だ!」と言ってる輩が多いのなんの。レベルが開けばステータスの差で格下を圧倒できるだろうが、レベル差の少ない相手、もしくは同格や格上には通用しない。むしろ剣筋が読めやすい分、避けるのもカウンターを入れるのも楽だ。


 おそらくこの男は、知能の低い魔物をひたすら狩りまくってレベルを上げたのだろう。その努力は大したものだが、ステータス差による勝利を自分の実力と誤認し、技量のほうまで上げようとはしなかった。


 この世界の大半の強者がそういう思考なのかもしれないから、一概にそれが悪いとは言えないが……相手が悪かったな。


 あまり時間をかけるとウィクトーリアに悪いし、俺の時間まで奪われる。俺は、ある程度の攻撃を避けたあと、正々堂々と正面から男の剣を受け止めた。


 ガキィンッ! と金属同士が凄まじい音を立てる。俺を殺す気まんまんな一撃だったが、残念なことに全力で振るわれた攻撃は、俺の剣をぴくりとも動かせないまま途中で止まった。


 相手は両手で剣を握り締めているのに対し、俺は片手。その事実が、男の顔を驚愕で染め上げる。


「な、なっ!?」


「はい終了っと」


 驚き、慌てて後ろへ下がろうとする男を逃さない。生まれた隙を突くように高速で相手の懐へ潜ると、なおも逃げようとする男の腹部を蹴り飛ばした。分厚い騎士甲冑を着ているとはいえ、俺の高いAGIにかかれば肉体へダメージを通すことなど容易い。


 苦しそうに「ぐえっ」という声を発して男が数メートル先まで吹っ飛ぶ。ガシャン! という音を立てて地面に転がった。


 呻き声を漏らしながらも男はなんとか立ち上がろうとするが、よろよろと時間をかけて動く様をただ黙って見ているはずがない。


 上体を起こした男の首元に剣の切っ先を突き出す。それを見て、男は簡単に戦意を喪失した。


「これでウィクトーリア嬢はあずけてもらえますね? ありがとうございました」


 最後まで笑顔を貫いた俺は、剣を鞘に納めてくるりと反転。


 きゃーきゃーと騒ぐウィクトーリアの下へ戻った。

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