第41話 腕白なご令嬢
「ダンジョンの護衛には、ヘルメス様もついて来てくれますから!」
…………え?
一瞬、ウィクトーリアがなにを言ってるのかわからなくて本気で首を傾げた。
「は? ヘルメス様? もしやその少年のことですか、ウィクトーリア様」
「ええ。こちらがかの有名なヘルメス・フォン・ルナセリア公爵令息です。ヘルメス様がいれば下級ダンジョンごときとるに足りません!」
「ヘルメス・フォン・ルナセリア……なるほど。前にお嬢様が誘拐されそうになったところを助けてくれたお方ですか」
「そのとおりです! ヘルメス様は屈強な男共を簡単に蹴散らせるほどの力量があります。さらに<学年別試験>では、全ての試験で満点を取るほどの天才っぷり。現役の騎士を剣術のみで圧倒する姿を見て、私は確信しました。ヘルメス様は選ばれた本物の天才なのだと」
いやいやいや。待ってくれ。本人を無視して話を進めないでもらえないかな? というか<剣術試験>の内容を知ってるってことは、ウィクトーリアもあのとき会場にいたのか。まったく気付かなかった……
ひとまず俺は、大きくため息を漏らしてウィクトーリアに告げる。
「褒めてくれて、頼ってくれてありがたい話ですが……私としてはあちらにいる騎士の言ってることが正しいと思いますよ。なにか譲れない目標があるわけでもないなら、無理せず家で大人しくしてるほうがよろしいかと」
「へ、ヘルメス様? なぜ、ヘルメス様は私の味方をしてくれないのですか……?」
ガガーン! という効果音が聞こえてきそうなほど強いショックを受けたウィクトーリアは、もはや絶望そのものを浮かべる。
最初から味方じゃなかったのによくもまあそこまで信じられるものだ。嬉しいような心配になるような。
「あの騎士もウィクトーリア嬢のことを考えて行動しているのです。ご両親が哀しむ姿は見たくないでしょう? 誰もが、あなた様を心から案じているのです。少しだけそれを汲みましょう」
「嫌です嫌です! 絶対に私はダンジョンに行きます!」
「どうしてそこまでダンジョンに? レベルを上げたところでウィクトーリア嬢になにか意味があるとは思えませんが……」
「私は、ヘルメス様のように強くなりたいのです!」
「私のように?」
言われてびっくり。彼女がダンジョンへ危険を冒してでも行きたかった理由が……俺?
「はい。あの日、私を助けてくれたあなたの姿に感動しました。そして、なにもできなかった自分の無力さに打ちひしがれました。家に帰り涙を流す両親の姿を見て、私は強くなりたいと……もう二度と両親を泣かせないように、自分の身は自分で守れるようになりたいのです!」
「え、えぇ……」
普通、誘拐犯に襲われた令嬢は、もう危険な場所に行かず危険な真似はしないで護衛の数を増やしたりするものだが……ウィクトーリアの場合はそうじゃないらしい。
誘拐されかけて怖かった。両親も泣いて哀しい。——じゃあ自分が強くなって今度はひとりで撃退できるようになればいいんだ! ってこと。
すげぇ。普通の令嬢なら考えついても絶対に口にしないし、行動に移さないことを平気で、さも当然のように彼女は決行しようとした。か細い貴族令嬢のイメージが崩れる。逞しいっていうレベルじゃないぞ。彼女は勇者の末裔かなにかか?
俺がウィクトーリアの脳筋発言に衝撃を受けていると、対面に立つ騎士の男は頭に手を添えため息をついていた。気持ちはわかるが、態度が露骨すぎる。ウィクトーリアもそれを見てムッとしていた。
「馬鹿な真似はお止めください。ウィクトーリア様ではダンジョンに潜ったところで無意味です。遊び気分で進めるほどダンジョンは甘くありませんぞ。それに、いくらなんでもヘルメス様のような子供に、ウィクトーリア様が守れるとは思えません。大人でも死ぬような場所に、子供だけで行かせるとでも?」
「ご安心を。護衛の騎士も連れていきます。あなたには帰ってもらいますが。私の護衛担当でもありませんしね」
「くっ! もういいです。ラナキュラス家のために、無理やりにでも連れ帰らせてもらいますよ!」
これ以上の問答に意味はないと結論を出したのだろう。騎士の男が再度手を伸ばし、ウィクトーリアの腕を掴む。嫌がる彼女を無視して強引に自分の下へ引っ張った。
「いやっ! 助けて、助けてくださいヘルメス様!」
騎士の男に引っ張られながらも、彼女は俺に向けてもう片方の手を伸ばす。ウィクトーリアの双眸に涙が浮かんでいた。
本来ならこのままウィクトーリアを見捨ててダンジョンへ向かうべきなんだろうが……ダメだな。さすがにここまで騒がれ泣かれるとなると、他家のことでも首を突っ込みたくなる。
俺自身、共通イベントに向けてやることはたくさんあるが、どうしても美少女が不憫な目に遭ってると思うと見過ごせない。
このあとの展開を予想して心底面倒になる。それでも、俺は伸ばされたウィクトーリアの手を取った。次いで、一歩前に踏み出し、騎士の男の腕も掴む。
「……なんですかな、この手は。まさか、ウィクトーリア様の冗談を真に受けてダンジョンへお連れすると?」
騎士の男は、自分の腕を掴まれて不快そうな表情を浮かべる。公爵家に雇われてる騎士の中でも相当に古株か偉いんだろうなぁ。それにしたって貴族を相手に無礼な奴だ。
雇い主の娘に対してもどこか心配とは違う感情が伝わってくるし……まあそれはいい。
俺は努めて冷静に笑顔を浮かべて言った。
「ダンジョンに連れて行くかどうかは保留ですね。でも、一介の騎士ごときが不敬ではありませんか? 彼女の大切な体を傷つけないでもらいたい」
言いつつ手に力を込める。すでにレベル40に到達した俺のSTRは、剣術の熟練度も上がって相当な数値になっている。恐らくレベル20~30程度の騎士じゃ、握力だけで……
「ぐぅっ!? は、はなせっ!」
案の定、腕に強烈な痛みを感じた騎士の男は、ウィクトーリアの腕を離して俺の手を振り払った。
こめかみに青筋が浮かんでいるが、戦えば確実に俺が勝つとわかっているので怖くもなんともない。笑顔のまま、俺はウィクトーリアの肩をこちらへ引いて告げる。
「失敬。ですが、どうぞお帰りください。少なくともあなたよりは彼女のことを守れると断言しましょう。他の護衛の方もいるので、あなたはいりません」
「き、きさまぁ……!」
ギリギリと奥歯を鳴らして男が呻く。
おいおい。いくら子供とはいえ俺は貴族の跡取りだよ? 公爵子息だよ? 今の言動だけでも不敬罪で独房にぶち込める。
だがそんな理由で彼女の家の騎士を犯罪者にはしない。なるべく穏便に彼には引いてもらおう。すでに喧嘩腰で挑発してしまったが、これくらいは許してほしい。ぜひとも頭を冷やして今後の仕事に精を出してくれ。
うんうん、と内心で頭を縦に振る俺だったが、どうやら彼は冷静さをどこかへ捨て去ってきたらしい。
鬼のような形相で叫んだ。
「そ、そこまで言うのなら! この私より優れているという証拠を見せてもらいましょうか!」
あれ? この展開、どこかで見覚えが……
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あとがき。
ストーカーくんは貴族の三男。家督継げないしモテないし才能あるから騎士なったろ!ってせっかく騎士になったのに、超絶美少女なウィクトーリアに一目惚れ。コツコツと実績をあげて護衛騎士のなかでも上位に食い込んだ!けどその頃には三十手前で、いつしか凝り固まった自尊心と独占欲しか残らなかった。彼の中では俺も貴族だし歳の差くらいなんとかなるやろ!精神が根付いている。ただしウィクトーリアからの評価は昔から「なんか視線が気持ち悪い」
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