第40話 騒動の予感
「た、助けてください! ヘルメス様!」
通りへ出た瞬間に知り合いと出会った。
彼女は焦りを浮かべて俺の背後へと回る。なにがなんだか理解できていない俺は、困惑しながらもこちらの服の裾を掴む少女——ウィクトーリア・フォン・ラナキュラスへ返事を返す。
「ウィ、ウィクトーリア嬢? 急にやってきてなんの話ですか? まず状況やらなんやら説明してもらわないと……」
「す、すみません、ヘルメス様。実は今、少々困った者に追われていて……」
「困った者?」
誰のことだろう。そう不思議に思って首を傾げた瞬間に、彼は現れた。
人混みを押しのけるように真っ直ぐ俺たちの下へ駆け寄って来たのは、ガチャガチャとうるさい白銀の騎士甲冑を纏った男性。
やや吊り上がった目付きで俺の背後に隠れるウィクトーリアを確認すると、男はふんっ、と鼻を鳴らして言った。
「こんな所までお逃げにならず、大人しく私とともに来てください。お嬢様が外へ出ると、ご両親が不安になるのですよ」
「だから何度も言っているでしょう。父と母には許可を貰いました。無理をしない範囲で、なおかつ一番危険の少ないダンジョンへ向かうなら……と。なのであなたの気遣いは不要ですっ」
人の背中に隠れながらウィクトーリアがきしゃー! と牙を剥くが、俺から見ても可愛らしいのでまったく意味を成さない。その証拠に、怒りをぶつけられてるはずの騎士は「やれやれ」といった様子で首を左右に振った。
「ワガママを言わないでください。ご両親はあなた様のお願いに弱いのです。護衛として私が付いてるとはいえ、ダンジョンなどなにが起こるのかわからないのですよ? そんな危険を冒すくらいなら、普段どおり自宅でゆっくりしてるほうがいいに決まってます。さあ、ともに宿題でも片付けましょう」
これ以上の譲歩はありえない。そう言わんばかりの顔で騎士風の男は俺の目の前までやって来ると、おもむろにその手を伸ばしてウィクトーリアの腕を掴んだ。彼女はたいへん嫌がったが、騎士風の男は無視して彼女を引っ張る。
このまま見捨てるのも心苦しいけど、他家の話に俺が首を突っ込むのも外聞が悪い。無理やりな行動は褒められたものでもないが、事実、ウィクトーリアは前に誘拐されかかっている。たまたま俺が近くにいて未遂に終わったが、それでも誘拐されそうになった事実に変わりはない。
その上で両親が渋々ダンジョンへ行くことを許可しても、彼女の安全を考えて認めたくない護衛の気持ちも理解できる。
ならばここは、俺は極力口を挟まずにいるのが正解だろう。
というか、一度は誘拐されかかったくせになんでダンジョンなんか行きたがるんだ? 父のような冒険家になりたいアルテミスや、力を欲するフレイヤと違って、ウィクトーリアには経験値を求める理由なんてないだろうに。
新たな疑問に意識を割かれる。そのあいだに、ウィクトーリアとその護衛の騎士とのあいだで、こちらも新たな問題が起きていた。
騎士風の男が掴んだウィクトーリアの腕。それを彼女は全力で振り払っていた。
またしてもなぜか俺の背後に隠れながら、彼女はキッと視線を鋭くして言う。
「やめてくださいっ! 確かにあなたはラナキュラス家で雇ってる護衛ですが、あくまで雇い主は私の両親でしょう。正式な私の護衛でもないくせに、いつもいつもしつこいんですよ!」
「…………え?」
なにそれ。あんな風に言ってるのに、彼はウィクトーリアの護衛ではなかった?
ちょっとなに言ってるのかわからなくて脳裏に宇宙が浮かぶ。
つまり……あの男は、個人的にウィクトーリアが心配だから、本来の仕事を放棄、あるいは休みかなにかで駆けつけた、と。
普通に考えれば良い人なんだろうが、ものすごく嫌がってるウィクトーリアを見るとただのストーカーにしか見えなくなってきた。
それでも言ってることは男のほうが正しいので、俺はなんとも言えない顔で二人を見守る。
「そもそも私の護衛はどこにやったんですか! あなたじゃないですよね!?」
「あの二人にはラナキュラス邸へ帰ってもらいました。まあ、見たとこ素直に私の命令を聞かず、その辺りにいるようですがね」
「でしたらあなたは不要です。帰ってください」
「いけません。私は心の底からウィクトーリア様を心配しているのです! あのような三流の護衛になど任せておけません……!」
「でしたらご安心を!」
うん?
「雲行きが怪しくなってきたなぁ」と他人事のように空を見上げていた俺の腕を、いつの間にかウィクトーリアが思い切り抱きしめていた。
柔らかな膨らみに大量の汗が出てくる。
しかし、このあと彼女が口にした言葉のほうが、俺はもっと強い衝撃を受けることになった。
「ダンジョンの護衛には、ヘルメス様もついて来てくれますから!」
…………え?
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