第111話 決着

 剣術勝負の結果はニュクスの勝利となった。


 続けて、今度は魔法勝負をはじめる。ニュクスの相手は、魔法の申し子と言われる天才レア・レインテーナ。


 両者がフレイヤの時と同じように距離を離して向き合った。


「ぶーぶー。また解説することになるなんて酷いよ~、ニュクスは。どう思いますか、解説のフレイヤさん」


「知らない。でも、面白そう」


「面白そう?」


「うん。レアの実力はあまり見たことないし、魔法はそんなに使わないから、たまには見るのも好き」


「へぇ……。意外、でもないかな。剣聖の娘らしい言葉だね」


「それよりまた遊ぶつもり? アリアン」


 なかなか始まらない試合開始の合図に焦れて、ニュクスから文句が飛ぶ。


「なにさその反応! 少しくらい私に譲ってくれてもいいのに! そんなにやりたいなら自分で合図でもしなよ!」


 ぷりぷり怒るアリアン。ふざけているのは長年の付き合いでニュクスにはわかった。


 ゆえに、妥協案を提示する。


「……わかった。あとで私がアリアンの魔法の相手を務めてあげる。それで手を打ちましょう」


「私にメリットまったくないんだけど!? それ、ただニュクスが私と戦いたいだけだよね!? 魔法の練習に私という的を利用するだけだよね!?」


「…………違う」


 しれっと目線を逸らすニュクス。


 ぴきり、とアリアンの額に青筋が浮かんだ。どこまでも調子のいい親友に苦言を呈する。


「本当に違うならこっちの目を見て言おうか~? いい加減にしないと、ニュクスがわざわざ持ち込んだクマさんの人形に悪戯しちゃうぞ~?」


「なんて残酷な。アリアンには人の心がない」


「あんたにだけは言われたくないわよ!」


 たまらずアリアンが叫ぶ。


 ずっと二人のやり取りを聞いていたレアは、


「ね、ねぇ……。そろそろ始めない? あんまり時間を無駄にするのもよくないよ?」


 と苦笑いを浮かべながら催促する。そこまでされるとアリアンのおふざけも終わらざるを得ない。


 たしかに時間の無駄ではあるのだから。


「ああ、ごめんねぇレアさん。ニュクスってばいつまで経っても子供だから。じゃあ、そろそろ始めよっか」


「アリアンのほうがガキ」


「なんか言ったぁ?」


「なんでもない。それより、合図を。早く」


「ぐぬぬぬ……! あとでクマさん人形に豚鼻描いてやる……」


 ぼそりと最低な発言をしつつ、片手をあげて彼女は告げた。


「——試合開始!」


「————【放水】!」


 合図とともにレアが魔法を発動させる。


 水属性中級魔法——【放水】。


 勢いのある水流が、真っ直ぐにニュクスのもとへ放たれる。当たればびしょ濡れだけじゃ済まされない。


「————【晴嵐】」


 ニュクスは地面を蹴ってレアの魔法を横に避ける。元からステータス的に身体能力の高い彼女は、魔法を見てから避けるのになんの苦労もない。


 そして、避けるのと同時に魔法を発動させる。


 風属性中級魔法——【晴嵐】。


 突風が広範囲に広がってレアを襲う。


「————【晴嵐】!」


 避けられないと察したレアは、相手とまったく同じ魔法を放つ。二つの風が互いに衝突し合い、相乗効果で凄まじい風圧を周囲に撒き散らす。


 ニュクスはふんばりこそ利くが、レアはステータスが圧倒的に低い。とくにニュクスの魔法が想像以上の威力を発揮し、レアの魔法を貫通。余剰ダメージが彼女を襲った。


「わわっ——!?」


 後ろに転倒するレア。転がり、わずかに傷を作る。


 その程度で済んだのは、ニュクスが幅広いステータスを上げていたおかげでもある。こと魔法に関しては、まだギリギリ戦えるレベルだった。


「いたた……! やっばいねぇ。強いねぇ、ニュクスさん」


「まだ始まったばかりよ。もっと楽しませて。魔法の申し子。————【放水】」


「っと! ————【土塊】!」


 手のひらから先ほどレアが放ったのと同じ攻撃魔法を放ち、それをレアが土の壁を生成することで防ぐ。


 完全に威力を殺すことはできなかったが、どうにか壁が砕かれる程度で済んだ。今度は、ダメージがゼロである。


「ふふ。次、————【不知火】」


 炎の矢がレアに襲いかかる。


 負けじとレアも魔法を連続で唱える。


「————【水泡】」


 巨大な水の塊が、まるで盾のようにニュクスの魔法を呑み込む。


 水属性魔法は火属性魔法と相性がいい。ニュクスのほうが威力に優れていようと、とくに火属性下級魔法——【不知火】は単発ごとの威力は低い。レアの魔法でも十分に防ぐことができる。


「そして~! かーらーの~? ————【炎天】!」


 火属性下級魔法——【火球】のおよそ二倍以上はある炎の球が、勢いよくニュクスのほうへと飛ばされた。


 それを見て、アリアンとニュクスが同時に感嘆の言葉を呟く。


「すごい……! 本当に四つもの属性を操れるなんて!」


「私でもそれは不可能……。実に、羨ましいわね。————【水泡】」


 同サイズの水の球体を当てることでレアの魔法を相殺。周囲に水蒸気が発生する。


「うわぁ! なにこれ邪魔……」


 視界が一気に悪くなる。思わずレアが愚痴を漏らすが、対するニュクスはチャンスと捉える。


 身体能力では自分のほうが上だ。魔法戦において物理攻撃はルール違反になるが、走ったり近付いたりするのがダメというわけではない。むしろ、近距離で魔法を当てる、避けるのは魔法戦において重要な要素。


 姿勢を低くして、ニュクスは地面を蹴った。水蒸気と空気を切り裂いてレアに迫る。


「————【突風】」


「——は!?」


 白い世界から突如として現れるニュクス。レアの反応が遅れた。水蒸気ごとレアを後ろへ吹き飛ばす。


 さらにチャンスが生まれた。この機会に畳み掛ける。戦いに熱中したニュクスはそこで止まらない。再度、攻撃系の魔法を発動してレアへと放つ。土属性の魔法で防がれることも考慮して、威力の高い火属性魔法——【炎天】で。


「————【炎天】」


 業火がレアに迫る。しかし、レアの対応は遅れていた。ステータス的に劣る彼女は、ニュクスの風属性下級魔法による攻撃で十分なダメージを受けていた。


 相手のステータスまで配慮できなかったニュクスのミス。だが、もう遅い。


 倒れて顔をあげたばかりのレアの眼前に、炎の球が迫る。


 フレイヤもアリアンも間に合わない。誰もが「まずい」という表情を浮かべた。


 そして、レアへ魔法がぶつかる——。


 直前。


 彼女の横から人影が現れる。人影は腕を振るってでニュクスの魔法を消し飛ばした。純粋な腕力のみで。


 魔法が消え、水蒸気も先ほどの風魔法で吹き飛んだレアの前には、はっきりとひとりの青年が立っていた。


 黒髪に黄金色の瞳を持つ青年が。

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