第110話 レベルの差

 しばらく第一学園の敷地内を歩いて、人の出入りが少ない校舎裏へとやってきた。


 ここなら秘密裏に戦うのにもっとも適している。


 ひらけた場所があり、平坦な地面しかないため教師も来ない。


 くるりと踵を返して、フレイヤが振り返る。


「ここなら邪魔は入らない。思う存分戦える」


「僕としては、魔法を使うからもう少し広いと嬉しいなぁ」


「知らない。第二訓練場が使えない以上、我慢して」


 レアの望みをあっさりと拒否するフレイヤ。鍛錬用に持ち歩いてる木剣を腰のベルトから外して構える。


「さあ、準備を。私はいつでもいい」


「私も問題ないわ。審判はアリアンとレアさんに任せる」


「はいはい。ニュクスは人使いが荒いなぁ」


「僕、剣のことはさっぱりなんだけど?」


「そこは私に任せて! 私もさっぱりだけど、ノリで乗り切ろう!」


「おお! いいねそれ! ノリなら僕も負けないよ!」


「「おー!」」


 なぜかふたりを放置して盛り上がるアリアンとレア。意外にも似た者同士であった。


「ん……早く開始の合図をして」


「遊んでないで、ね」


「ふたりが冷たい」


「ね」


 アリアンもレアも、せっかくのギャグがスルーされて残念そうにしていた。けれど、フレイヤとニュクスには関係ない。


 互いに約5メートルほどの距離をあけて木剣を構える。鋭い視線がぶつかった。


 離れているはずのアリアンやレアのもとまで、ピリピリとした空気が伝わってくる。


「さすがは剣聖の娘。覇気だけはニュクスにも負けてないね」


「いや~な空気は伝わってくるけど、具体的にどれだけ凄いのかはぜんぜん解んないや」


「平気! 実は私も適当言ってるだけだから!」


「だよね! いえい」


「アリアン……。早く」


「ひいっ——!?」


 なおもふざけるアリアンとレアに、ニュクスから殺気にも似た感情が放たれた。


 いくら鈍感なふたりでもハッキリとわかる。そろそろ真面目にしなきゃまずい、と。


「ご、ごめんって! そんなに怒らないでよ、もう……。それじゃあ、——試合開始!」


 バッと手をあげてアリアンが告げる。その瞬間、フレイヤは地面を蹴り上げた。


 夏休みのあいだにダンジョンへいって上げたレベルが、驚異的な脚力を発揮する。


 たった一息でニュクスの前に迫った。剣を薙ぐ。


 対するニュクスは、


「————」


 驚かない。


 冷静に木剣を盾にしてフレイヤの攻撃を防いだ。


 カーン! という乾いた音が響く。少なくとも腕力はニュクスのほうが上なのか、渾身の一撃は容易く防がれてしまった。


 次いで、今度はニュクスが一歩前に出る。フレイヤとの距離感がゼロになった。木剣を握るしめる手に力をこめた。


 すると、ぐぐぐ、と徐々にフレイヤの剣が押されていく。紛れもない、相互の腕力による差だった。


「そ、んな……ッッ!」


 驚きながらもフレイヤはさらに力を込める。ほんの一瞬だけ勢いが止まった。しかし、すぐにまた押されていく。


「残念ながら腕力は私のほうが上のようね」


 そう言うと、さらにニュクスは力を強める。とうとう、ニュクスの木剣がフレイヤを武器ごと後方へ吹き飛ばした。


 やや仰け反りながらも地面に着地するフレイヤ。そこへ、追撃すべくニュクスが迫る。


 フレイヤの時と同じだ。あいた距離を一瞬にして詰められる。


 ——逃げられない! 避けられない!


 咄嗟にそう判断して剣を盾にする。完全に先ほどのやり取りを逆にしている。


 だが、先ほどと同じ結果にはならなかった。


「きゃっ————!?」


 木剣ごしに伝わってくる衝撃、重みが違う。思わずまたしてもフレイヤは後ろに飛ばされる。


 倒れるほどではなかったが、ニュクスの猛攻は続いた。


 左右上下から激しいまでの斬撃が放たれる。捌くのに精一杯のフレイヤ。徐々に、木剣を握る手が痺れはじめた。


 ——ふたりの打ち合いは、そう長くは続かない。


 外から見ていたアリアンとレアには、それがハッキリとわかった。


 レアはフレイヤを案じる顔で。


 アリアンはニュクスの勝利を疑わない不敵な笑みを浮かべて試合を眺める。


 やがて、ひときわ甲高い音が響いた。乾いた音のあとに、重力に従って木剣が地面に落ちて転がる。


 手放したのは、——フレイヤだった。


「……ふう。これで終わり。敗因は、レベルの差かしら」


「ッ……。強いのね」


「がむしゃらに魔物を狩ったおかげでね。技術勝負にならなくてよかったわ。それだと、負ける可能性もあったから」


 よく言う、とフレイヤは内心で愚痴る。


 たしかにニュクスは単純な身体能力のすべてがフレイヤより上だった。恐らくレベルの差はかなり開いてると思われる。


 だが、それでもフレイヤには伝わった。ニュクスもまた、基礎を固めた堅実な剣士であることが。


 たとえ同じレベルだったとしても、果たして結果を変えることはできたのか。


 時折垣間見た彼女のセンスを思い出して、余計に悔しくなった。


「おつかれさま~! やっぱり強いねぇ、ニュクスは。馬鹿みたいにダンジョン探索に付き合わされた甲斐があるよ~」


「アリアンはほとんどサボってたくせに。でも、ありがとう」


 木剣を腰のベルトに引っ掛けてアリアンとハイタッチする。


 片や、フレイヤは立ち上がるとともに落ちた木剣を拾って大人しくレアのもとへ向かう。


「フレイヤさん、お疲れ様。どう? 本番で勝てそう?」


「たぶん、無理。少なくともいまは」


「ふふ。いい返事だねぇ。来年は期待してもいいってことかな?」


「ん。たくさんダンジョンに潜って強くなる。目標ができてむしろ嬉しいくらい」


「そっか。じゃあ、次は僕だよね! 休憩挟んでからやる? ニュクスさん」


 大きな声でニュクスに問いかけるレア。ニュクスは首を左右に振った。


「その必要はない。すぐにでも戦える。次は、あなたね」

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