第112話 挑戦者

 たまたま教師に呼ばれていた俺は、王立第一高等魔法学園に来ていた。


 用事まで若干の時間があったため、暇潰しがてらその辺を歩いていると、微かに遠くから物音が聞こえる。


 近付くとそれが徐々に激しさを増していくことから、生徒のだれかが魔法でもぶつけ合ってるのかな? と思ったので、ちらりと見に行った。


 すると、なんということでしょう。戦っていたのはレア・レインテーナと謎の女子生徒だった。


 どこかで見覚えのある顔だったが、微妙に思い出せない。たぶん、これは俺の記憶じゃないな。意識が芽生える前にヘルメスがパーティーとかで会った貴族令嬢だろう。


 王立第一高等魔法学園にいるってことは、特待生のアトラスくんを除けば貴族しかいない。自然とその答えに行き着いた。


「——って、フレイヤもいるのか」


 よく見ると、魔法を撃ち合っているレアたちを眺めるふたりの生徒がいることにも気付く。


 片方は知らない顔の女子生徒だったが、もう片方の白髪にはバリバリ見覚えがあった。


 レアとフレイヤ。珍しい組み合わせではあったが、二人が仲良くしてても別段驚くことではない。


 第一にレアもフレイヤもゲーム【ラブリーソーサラー】のメインヒロインだ。そういう意味では繋がりがある。そして第二に、二人とも天才だってこと。


 剣術と魔法はかなり異なる分野ではあるが、それを学ぶ学園ではわりと近しい関係だったりする。


「よくわかんないけど、邪魔しないほうがいいよね。なるべく関わらないように……——って!」


 その場から立ち去ろうとしたとき。


 謎の女子生徒に吹き飛ばされたレアへ、追撃で火属性中級魔法——【炎天】が放たれた。


 よく見ると、レアはまだ体勢を整えられていない。想像以上のダメージを受けたのだろう。


 案の定、レアが相手の攻撃に気付いたときにはもう魔法が目前に迫っていた。


 ——そう認識する前に、俺の体は自然に動いていた。一瞬にして、レアの前に現れる。


 ちりちりと肌を焼きそうな巨大な火の塊を、剣を抜く時間も惜しんで払いのける。まるで全力のビンタだ。


 風圧と衝撃が容易く彼女の魔法をかき消した。


 地面に着地し、こちらを見上げるレアに視線を合わせる。軽傷で済んだことにホッと胸を撫で下ろして、俺は正面に佇む女子生徒へ声をかけた。


「強いですね、あなた。でも、ちょっとやりすぎかも。真剣勝負だったからしょうがないと言えばしょうがないけどね」


「……ヘルメス、フォン、ルナセリア……」


「ん? 俺のこと知ってるんですか? お名前を聞いても?」


「ニュクス・アルテミシア」


「ニュクス……」


 ふむふむ。アルテミスと名前が似てる、意外の感想はとくにない。


 やや引っかかるのは、やはりヘルメスの記憶に違いない。


「たはは~。助けてくれてありがとう、ヘルメスくん。恥ずかしいところを見られちゃったね」


 思案中に背後からレアの声が聞こえたので視線をそちらに移す。手足を軽く擦りむいていた。痛々しいので、【神聖】属性魔法で彼女の傷を治してあげる。


「わ、わわ! ありがとう、ヘルメスくん!」


「どう致しまして。それより、ぜんぜん恥ずかしくないよ、レア。堂々としたいい勝負だった。レアもレベルを上げたらもっと強くなれるよ」


「……そう、かな。そう、だよね。あの、さ」


「うん?」


 もじもじするレア。少ししてから俯いた顔をあげる。わずかに朱色に染まっているのは、なにか恥ずかしいことでもあったのかな?


 ——あ。いまさっきの光景か。納得。


「よかったら……今度、またダンジョンに関していろいろ教えてくれないかな? 僕にもオススメの場所とか」


「……え? ダンジョン?」


「う、うん……。ダメ、かな?」


「ダメじゃないよ。それくらいでよければ手伝うさ。ダンジョンに関してはこっちから声をかけるね」


「! ありがとう、ヘルメスくん! 大好き!」


 ガバッ。


 両手を広げるレア。俺の反応など気にもせずに彼女は抱き付いてきた。いくら小さいとはいえ、女性特有の膨らみが胸元にあたる……。


「れ、レアさん? ちょっと暑苦しいので離れてもらってもいいですか? お願いします……」


「えー? なんで敬語?」


「いろいろと気まずいからね……」


 主に周りの目が。


 とくに背後から感じる剣呑な眼差しがすごい。まるでこちらを睨んでいるかのようにすら思えた。というか睨んでるよね、あれ。


 おそるおそる視線を先ほどの女性に向ける。すると、能面みたいな顔で彼女は口を開いた。


「そろそろ、こっちの話を聞いてもらっていいかしら」


「あ、うん。はい。ニュクスさん、だっけ」


「敬語なんていらないよ~。ね、ニュクス。私たち同い年の学生だもん。もっと気楽にニュクスって呼んであげて? そのほうがこの子も喜ぶと思うから! ちなみに私はアリアン。よろしくね、ヘルメス様」


 フレイヤの隣に立っていたはずの女性が、ニュクスの肩に手を添えて喋る。淡々としたニュクスに比べて、アリアンと名乗った彼女は非常に快活だ。ふたり並ぶと余計にそう思う。


「そ、そう? じゃあ、よろしく、アリアン。それにニュクス」


「……よろしく。それで、私のお願いを聞いてほしい」


「ニュクスのお願い?」




「ええ。いますぐあなたと戦いたい。剣術でも魔法でもどっちでもいいから」


「……俺と?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る