第193話 精霊や天使

「…………」


 目を覚ます。


 むくりと布団の上から起き上がった。


 竜の里の寝具はベッドじゃない。和の国っぽく敷き布団だ。


 しかしそんなことより。


「今度は夢じゃないよな」


 きょろきょろとわずかに霞む視界で周りを見る。


 ここはツクヨが用意してくれた俺の部屋だ。そばには大きくて寝息のうるさいククがいた。


「すぴー……すぴー……」


「気持ち良さそうに寝てるな」


 つい先ほど、夢で黒い竜に会った。


 再会したと言うべきか。


 それなのに、竜玉を守るための青き竜がこれでは封印された黒き竜も泣けるな。


 ククがどんな想いを抱いているのか、俺にはまだまだ理解できないが、あんまり深くは考えていないように思えた。


 とりあえず布団から出る。


 立ち上がり、窓から差し込む陽光を見つめた。


 時刻はだいたい早朝の六時。


 嫌な夢を見たせいか、そこそこ早くに目を覚ましたらしい。


「……ん? ヘルメス?」


 背後で寝ぼけたシルフィーの声が聞こえた。


 ちらりとそちらへ視線を移す。


 もぞもぞと布団からシルフィーが出てきた。どうやら同じ布団に入っていたらしい。いつの間に。


「あ、ごめんシルフィー。いたんだ。起こしちゃったね」


「ううん……私が勝手に入ったし……おはよう」


「おはよう。まだ眠そうだね」


 シルフィーはうつろうつろになりながら挨拶をする。


 ほとんど目が開いていない。今にも寝てしまいそうな様子だ。


「無理しなくてもいいよ。忙しくなるのはもっと後だろうし」


「ふぁ~~~~……んんっ。一度目が覚めると起きちゃうタイプなの」


「妖精なのに?」


「妖精なのに」


 そう言った彼女はごしごしと目をかいて目を覚ます。


 ふわりとその場から浮かび上がり、布団を出て俺の肩に座った。


「改めておはよう、ヘルメス」


「おはようシルフィー。今更だけど妖精も寝るんだね」


「本当に今更ね。ちょいちょい寝てたじゃない」


「王都にいる時はシルフィーどっかいってたし」


「ルナセリア公爵邸が広すぎるの。ここは初めてだったし、のんびりしてたわ」


 のんびりね。


 シルフィーは戦闘以外では大抵のんびりしてる気がする。


 たぶん、ずっと第一学園にいたから外の世界に興味があるんだろう。何を見ても楽しそうに瞳を輝かせている。


「なら、今日からいろいろ探索するの?」


「その予定よ。ヘルメスは?」


「俺はツクヨさんにいろいろ聞かないといけないことがあるから。黒き竜のこととかね」


「大変ねぇ。私も手伝ってあげようか?」


「魅力的な提案だね。でもいいよ。話を聞いたりするくらいだから。人手が欲しいわけでもないし」


 あくまで俺が欲しいのは攻略に必要な情報だ。せっせと黒き竜の対策を練る必要はない。


 効率的な観点から見ても、知識を持つツクヨから話を聞くのが一番だろう。


 あとは書物の確認。これはそんなに数が多くないとみてる。


 ツクヨの口ぶりからね。


「ふーん……そ。私の力が欲しかったらいつでも呼びなさい。妖精は契約者の声がどれだけ離れていても聞こえるわ」


「そうなの?」


 それは初耳だ。


「私たちは魔力で繋がっているからね。その繋がりが無効化でもされない限りは連絡できるわ。あくまで呼んでいる、くらいしかわからないけどね」


「十分だよ。シルフィーは頼りになるなぁ」


「そ、そんなことないわよ! まだまだ妖精としては半人前なんだから!」


「そうなの?」


 妖精に半人前とか一人前ってあるんだ。


「ええ。妖精はあくまで妖精。精霊、天使に至る過程に過ぎない。私より高位の存在はたくさんいるわ」


「妖精は進化すると精霊や天使になるんだね」


「そうよ。進化の条件は知らないけどね。たぶん、魔力に関係してるんじゃない?」


「もしかしたら、一定条件をクリアすると進化できるのかも。それかレベル?」


 ラブリーソーサラーにはない設定だ。どうせならシルフィーを進化させてあげたい。


 シルフィーの口ぶりから察するに、精霊や天使になると彼女の戦闘力も上がりそうだし。


「さあ。私だって知らないわ。これまで精霊や天使に会ったこともないしね。——それより、お客さんよ」


「ん?」


 シルフィーがそう言った瞬間、人の気配を感じた。


 それから十秒ほどで、襖の反対側から女性の声が聞こえた。


 ツクヨの声だ。


「おはようございます、ルナセリア公子様。お目覚めでしょうか」


「おはようございます、ツクヨさん。起きてますよ」


「それはそれは。失礼します」


 すーっと襖が開く。


 今日もかっちりと和装に身を包んだツクヨさんが部屋に入ってくる。


 中央ででかでかと床に転がるククを一瞥すると、次いで俺のほうに視線を向けた。


「クク様はまだお眠りのようですね」


「はい。何か用でもありました?」


「いえ。わたくしが用があるのはルナセリア公子様です」


「俺に?」


「朝食の前に竜玉を見ませんか? まだ見せていませんでしたよね」


「竜玉……」


 先ほどの夢での会話が思い起こされる。


 俺はこくりと頷いた。


 そんなもの……見たいに決まってる。

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