第192話 だが断る

 夜遅くまで続いた宴会のあと、俺は倒れるようにして眠った。


 すると、その日、またしても俺は夢を見た。


 気付いたら、見知らぬ空間の中にいたのだ。




「ここは……」


 上下左右、どこを見ても白塗りの簡素な世界しか見えない。


 他には何もなく、音も匂いもしない。


 しばらく白亜の空間を歩いてみる。


 進んでいるのかどうかさえわからなかった。


「……うん?」


 歩いている最中、急に世界が震えた。


 震えたように思えた。


 次いで、徐々に端から黒く染まっていく。


 ヒビ割れたガラスを見ているかのように、空が黒く、歪に染まる。


 やがて一匹の竜が姿を見せた。


 俺とあんまりサイズが変わらない。小さな竜だ。


「お前は……黒き竜か?」


「然様。そういう貴様は夢であった小僧だな」


「小僧って……まあいいか。何の用だこら」


 いきなり人様をこんな得体の知れない空間に引きずりこみやがって。


 前もそうだったが、人権を無視するんじゃない。お前のせいかは知らんが。


 そう思って黒き竜を睨むと、竜はやれやれと肩を竦めた。


 なんかやたらと人間臭い奴だな。


「無知なお前のために、先に訂正しておいてやろう」


「あ?」


「小僧をここに呼んだのは我ではない。竜玉の意思……すなわち龍がここへ我々を呼んだのだ」


「龍が……俺たちを?」


 ニュアンス的にすべての竜と竜玉を生み出した龍のことだろう。


 しかし、すでに死んでる龍がどうやって俺を?


「もう龍は死んでるんだろ? 俺はそいつと面識はないぞ」


「竜玉に込められた意思が我らを呼んだのだ。基準はわからないが、小僧にはなにかがあるのだろう」


「そんなこと言われてもな……」


 俺はただの平凡なモブ——と勘違いしていた主人公だ。


 それが原因なのは間違いない。


「というか、ちょうどいいからお前に伝えるわ。竜の里にくんな。大人しく眠ってろ。もしくはどっか行け」


「その提案を素直にこちらが呑むとでも?」


「やっぱ無理か……争いなんて無意味なもんだぞ」


「ふん。そんなこと、貴様よりよくわかっている。我がどれほどの年月、人を守ってきたと思っている」


「なのに村人たちを殺すのか? 竜玉を奪って」


「正当な復讐だ。誰にも邪魔させない」


 黒き竜からは断固とした意思を感じた。


 強い憎悪……そこまで裏切られたことがショックだったのだろう。


 だが、それはあくまで昔の人たちや龍の話だ。


 いまを生きる人たちには関係ない。


「お前の復讐が正当なものかよ。俺は認めないね。絶対邪魔してやる」


「我にお前ごときが勝てるとでも?」


「さあな。力及ばず負けるかもしれないな」


「では諦めて本国に帰ればいいだろ。小僧はこの里の者ではない。わざわざ命を懸ける必要もない」


「なんだなんだ? 俺の心配をしてくれるのか? 敵であるお前が」


 にんまりと笑ってみせると、竜は不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「黙れ! わざわざお前と敵対するのが面倒だと思っただけだ」


「さっきはお前ごときとか言ってたくせに?」


「小僧……! お前は黙って本国に帰ればいい! この里の者たちに力を貸す理由はないだろう! 邪魔さえしなければ、里の者以外は生かしておいてやる! 我の目的はあくまで復讐と竜玉の獲得だ。あの小娘が言ったように、世界の崩壊など本来は望んでいない」


 ほほう? これはまた面白い情報が出てきたな。


 話してみた感じ、意外と話が合う?


「その心は?」


「……世界が滅びては、我が生きる意味もなくなる。それは虚しいものだ」


「寂しがり屋さんかよ」


「黙れ。わかったら帰るのだ。お前を殺す意味はない。あの娘もな」


「そうだな……俺だって別にお前と戦う深い理由はない。ヴィオラ殿下もできれば助けたい」


 俺が目指してるのはあくまで最強だ。


 完璧な超人主人公ではない。


「ならば帰れ。いまならまだ間に合う」


「——だが断る!」


 きっぱりとドラゴンの提案を拒否した。


 黒き竜の鋭い視線がこちらに刺さる。


「……なぜだ」


「見捨てたくないからだよ。人として正しい感情だろう?」


 俺はもう知ってる。


 ここがゲームの中じゃないと。


 人々は自分の意思を持って生活している。人の営みがたしかにそこにはある。


 それを知ってるのに、力を持っているのに……簡単には見捨てられない。


「俺自身が後悔しないためにも……お前を倒すさ」


「それこそが後悔の種となる。精々……最後には絶望しろ。自らの考えがいかに愚かだったかを」


「すでにしてるさ」


 皮肉っぽく笑うと、そのタイミングで世界が白みを取り戻していく。


 なんとなく、時間切れだとわかった。

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