第191話 宴会

 その日の夕食は宴会になった。


 すでに救世主の話は出ていたのか、集まった給仕の人や里の人間たちが盛り上がりを見せる。


 酒を片手に、箸を片手にガハハハと賑やかな声が聞こえた。


「楽しんでおられますか、ルナセリア公子様」


「ツクヨさん」


 俺は周りの馬鹿騒ぎを無視して、ひとり寂しく刺身を堪能していた。


 すると、そこへコップを持ったツクヨが現れる。


「それなりに楽しんでいますよ。竜の里の食事は美味しいですね」


「それは何よりです。我が里は食に関してこだわりがありますので」


 彼女が言ったように、この里の食事はとても美味しい。


 シンプルに料理人が優秀なのはもちろん、前世でとても馴染みのある和食が出てくるのが大きいな。


 特に刺身は最高だ。


 思わず黙々と食べてしまうくらいには楽しんでいた。


「それにしても……ルナセリア公子様は、あまり宴会がお好きではありませんか?」


「え? そんなことないですよ」


 好きか嫌いかで言えば好きだ。


 賑やかな雰囲気に囲まれていると自分まで幸せになれる。


 ウザ絡みされたら困るが、そうでもないなら問題ない。


「こういう喧騒は好きなほうです。聞いてるだけでも面白い」


「本当ですか? 先ほどから静かなので実は苦手なのかと……」


「竜の里の料理が美味しすぎて、つい黙々と食べてました。他意はありませんよ」


「ホッとしました。我が里では宴会はよく行われますので。ルナセリア公子様が不快になるなら、もちろん一時的に止めます」


「遠慮しないでください。この雰囲気もいまだけのものですよ」


 話に聞く悪しき竜が復活したら、この喧騒もしばらくはお預けになる。


 いまのうちに騒いでおいたほうがいい。


 俺の言いたいことが伝わったのか、ツクヨはこくりとやや真剣な表情で頷いた。


「そう、ですね……世界の危機の前に、まずはこの里の危機。ルナセリア公子様をこちらも全力でサポートさせていただきます」


「ありがとうございます」


 里の人に手伝ってもらえるなら心強い。


 もしかすると、よそ者だなんだと排他的なイメージもあったからな。


 いきなりポッと出の救世主とか言われても信用できないだろうし。普通は。


 しかし、里の人間は全員が俺に好意的だ。


 恐らくそれだけ今回の件を重く受け止めているか、彼らの性格がいいか、ツクヨの影響力がすごいのか……。


 どちらにせよ、やりやすい場所でよかった。


「ヘルメス様~。楽しんでますか」


「そっちは楽しそうですね、ヴィオラ殿下」


 しばらくツクヨと話していると、同じようにコップを持ったヴィオラがやってくる。


 彼女は俺の邪魔をしないよう、他の人たちと一緒に料理を楽しんでいた。


 すでにある程度里の人たちの信頼を勝ち取っているようで、相変わらず社交性の高さに舌を巻く。


「はい、ものすごく楽しいです。この里の人たちはみんないい人ですね」


 ヴィオラは俺の隣に腰を下ろした。距離が近いのはもう突っ込まない。


「それだけに、全員がツクヨ様の予言を信じています。悪しき竜が世界を滅ぼすと」


「……みたいですね。俺の責任は重大だ」


「それに、最近はモンスターがよく里の近くにやってくるらしいですよ。普段は竜玉のおかげで守られているのに、と」


「竜玉?」


 それってたしか、ドラゴンの力を強化するための今回のキーアイテムだったはず。


 竜玉にはそんな効果があるのか。ちらりとツクヨを見ると、彼女はわかりやすく説明してくれた。


「竜玉には、モンスターを寄せ付けない特殊な効果があります。副産物のようで、その力は完璧ではありませんが……これまで、その力のおかげでモンスターはこの里に近づくことができませんでした」


「それが近づいてきているってこと?」


「そう考えるのが妥当かと」


 さらにツクヨは続ける。


「竜玉の力が弱まっているのか。それとも黒き竜の復活にあわせてモンスターたちが活性化しているのか。理由は定かではありません。ルナセリア公子様も気になるようでしたら、竜玉を見てみますか?」


「え? 見てもいいんですか?」


「もちろんです。人間にはなんら害のあるものではありませんので。後日、竜玉が保管されている保管庫へ案内いたします」


「ありがとうございます」


 まさか現実をそんな簡単に見せてもらえるとは。


 今回の件に関係してはいるが、実質的に竜玉に俺が近づく必要はない。俺はただ、竜を倒せばいいだけだと思っていた。


 なんとなく気になっていた竜玉に思いをはせながら、その後も黙々と刺身を食べる。

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