第190話 竜の里の英雄譚

 ツクヨから受け取った一冊の本を読む。


 本には、かつて存在した英雄の話が記されていた。


 男は平凡な少年だった。


 少なくとも生まれは平凡。平凡な両親の元に生まれた、どこにでもいる子供。


 畑を耕し、同年代の子供たちと楽しく走り回るのが日課だった。


 そんな彼の運命が変わったのは、突如として暴走を始めた一匹の竜が原因。


 竜は、竜の里を守る役目を担っていた。それは、島の奥に眠る始祖の龍から与えられた役目だった。


 しかし、その龍が死んだ。


 自らの力を分散し、最後に一匹の青い竜を生み出して死んだ。


 同時に、残された青い竜は大きな水晶のようなものを持っていたらしい。


 それは龍が残りの力を凝縮して作り出した〝竜玉〟。


 なぜ龍がそこまでして新たな生物を生み出したのか。その理由は明らかにはなっていない。


 だが、問題はその龍が死んだことで起きる。


 自分こそが竜玉を得るに相応しいと驕った黒き竜が、青き竜から竜玉を奪おうとしたのだ。


 自分がもっとも龍に近い存在となり、新たな王として君臨しようとした。


 それを他の竜が止める。


 争いが起こった。


 竜玉を守護する役目を担ったのは青の竜。けれど青の竜は弱かった。


 生み出された他の竜に比べて、体も小さければ能力も低い。


 黒き竜はそのことが許せなかった。


 何もかもが自分より劣る竜が、龍の置き土産である竜玉を守る意味が理解できなかった。


 おまけに竜玉は使うものだ。それを守る意味がことさら理解できない。


 自分がより高位の存在になり、龍の代わりにこの島を守る。


 そのための物だと黒き竜は主張し、他の竜たちと対立する。


 争いは激しさを極めた。


 島の大半がその余波により崩壊するほど黒き竜は暴れ回り、やがてその被害は遠く離れた里の者にも及んだ。


 黒き竜に対抗する他の竜たちは、やがて劣勢になる。


 黒き竜は最初に龍が生み出した個体だ。その能力は他の竜を容易く上回る。


 このままでは竜玉が黒き竜に奪われる。


 なんとかしてそれを阻止したい竜のうち一体が、たまたま里にいたひとりの少年に希望を見出した。




 彼こそが始まりの英雄。


 少年には圧倒的な才能があった。本人すらも気づかない才能があり、竜は彼に契約を持ちかけた。


 里をこれからも守り続ける代わりに、黒き竜を止めてほしいと。


 少年はもちろん承諾する。


 これまで戦ったこともなかった少年が、竜の力を借りて強くなっていく。


 少年が成長するための時間は、他の竜が稼いだ。


 黒き竜もダメージを負い、しばしの休息が必要になり数年。


 再び活動を再開した頃には、少年は島のモンスターを倒し続け強くなっていた。


 そうして竜と共に戦った少年は、やがて黒き竜を打倒し、当時の巫女が持っていた特殊な結界により黒き竜を封印する。


 こうして里に平和が訪れた。


 すべてを読み終え、ぱたんと本を閉じる。


「これがこの島でかつて起こった事実、ですか」


「はい。多少内容は省かれていますが、概ね事実です」


 ツクヨさんが真剣な表情で肯定する。


「省かれた内容とは?」


「龍が残した言葉などですね」


「龍の遺言?」


「一つは、複数の竜を生み出した理由です。なんでも龍は寿命で老衰する手前だったとか。そのため、島を守る力を残したらしいです」


「なるほど」


 だからわざわざ自分ではなく、新たな竜に役目を負わせたのか。


 最強であった龍が健康そのものなら、力を分散する必要はほとんどない。


「そしてもう一つは……竜玉の意味。なぜ龍は竜玉を青き竜ではなく、黒き竜に与えなかったのか」


「それは……」


 俺も読んでいて気になっていた部分だ。


 普通に考えて一番強い黒き竜に竜玉を与えるべきだと思う。


 それでいうと、竜玉を生み出した意味すらない。その分のエネルギーを他の竜に与えればいいのだから。


 なぜ龍は後付けのアイテムを残したのか。その理由をツクヨさんが語る。


「龍曰く、強すぎる力は悲劇と傲慢を生む。特に黒き竜は、悪しき心を持っていたそうです。そんなモノに竜玉が渡ればどうなるか……それを危惧したのだと思われます。竜玉にもそういう感情の一面を増幅させる効果があるのかもしれません。実際に明言したわけではないので、完全にこちらの推測ですが」


 なんとなく当たっているようにも思える。


 だが、それでも竜玉を生み出した理由にはならない。


 そもそも、竜玉を守る青き竜——ククの役目とはなんだ?


 ちらりと後ろに転がるククを見る。


 ククは弱い。それが原因で黒き竜も暴れた。


 しかしククこそが竜玉の守り手。


 やはりククには、竜玉に関係した何かがあると思われる。その何かは、いまのところサッパリわからないが。


「補足、ありがとうございます。今後の参考になります」


「いえいえ。もっと詳しい内容が記載された本もありますので、それはまた後日にでもお読みください。いまはそれより……長旅でお疲れでしょうから、ごゆっくりとおくつろぎください。食事も用意しておりますので」


 話は一旦終わりだ。


 いろいろと疑問は残るものの、それはまた後で調べればいい。


 ツクヨさんが言うように、行きでモンスターにも襲われたためたしかに俺もヴィオラも疲れていた。


 俺たちはお言葉に甘える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る