第189話 もはや日本

 竜の里に着いて早々、ツクヨの家にやってきた。


 ツクヨの家は、前世の日本でも見かける和風の武家屋敷みたいな建物だった。


 よくある二階建てではなく、横に広いタイプの一軒家。


 障子もあり、まんま日本に戻ってきたかのような違和感を覚える。


「どうぞこちらに。靴は脱いで裸足でお願いします」


「そこも日本と一緒かぁ」


「? 何か仰いましたか、ルナセリア公子様」


「ああいや、こっちの話です」


 危ない危ない。彼女たちに前世の独り言を聞かれるのはまずい。


 ツクヨたちに「日本」と言っても伝わるはずないが、どこからボロが出るかわかったもんじゃないしな。


 ごほんとわざとらし咳払いをして誤魔化した。


 幸い、ツクヨは俺の独り言に興味はあまりない。


「そうですか」


 と言って、居間のほうに俺たちを案内する。


「なんだか珍しい造りですね……裸足で歩くのもそうですが」


「王都の建造物は基本的に石材を利用したものが多いですからね。こちらは木造が基本かと」


 それもスラムの孤児が住むような家と違って、造りがとっても頑丈だ。


 痛むのだけは止まらないが、それでも赴きがって俺は好きだったりする。


「ルナセリア公子様は本当に我々の文化にもお詳しい」


「たまたま本で見ただけですよ。東の大陸の文化は珍しいですから」


「たしかに我々の文化は少々特殊だったりしますね。たまに訪れる外の方々は、皆さん驚かれていきます」


 でしょうね。


 前世の俺の記憶にある日本だってそうだった。


 日本人は毒物すら食べ物に、料理に昇華する。おまけに腐った豆も食べるし、生の魚だって平らげる。


 まさに冒険者だ。こと食に関しては妥協などしていない。


「何かと不便もあるとはございますが、その都度、こちらでも支援いたしますのでご了承ください」


「俺は問題ありません。ただヴィオラでん……様に関しては、融通してくれると助かります」


 彼女は俺と違って日本の文化には疎い。


 タコとか納豆とか、海外の人が嫌う食べ物も多いだろう。それが彼女にも適用された場合、なんとかしてもらいたい。


「わ、わたくしも頑張れます! お任せください、ヘルメス様!」


 なぜか俺に対抗してヴィオラはやる気を見せていた。


 いりませんよ、そんな無駄な頑張り。快適に過ごせるほうが絶対にいい。


「無理しないでください、ヴィオラ様。せっかくの機会ですし、ヴィオラ様にも竜の里の文化を楽しんでもらいたいです」


 それは元・日本人としての本音だ。


「ヘルメス様……きゅん」


「え? 今ときめく要素ありました?」


「ヘルメス様がわたくしのためを想っていると思うと……胸が高鳴ります!」


「は、はぁ……それはまた大変ですね」


「同情した目を向けないでください! 先ほどまでの優しさはどこに!?」


「ふふ。本当にお二人は仲がよろしいですね」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐヴィオラを見て、ツクヨさんがくすくすと笑った。


 俺は苦笑しながら返す。


「ほどほどに、ですね」


「ものすごく仲良しです。ね?」


「……まあ、そうとも言えますね」


 隣からすんごい圧がきた。王女殿下のお言葉であれば否定もできない。


 その様子に、余計ツクヨさんは喉を鳴らす。


 楽しそうで何よりだ。




 ▼




 少しして居間に到着した。


 内装も武家屋敷っぽい。古きよき間取りだ。


 テーブルのそばに置かれたクッションに腰を下ろす。


 当然のようにツクヨさんは正座だった。絶対にそういう設定じゃんもう。


「改めまして、遠路はるばる竜の里までお越しいただき、まことにありがとうございます」


 指を突いて頭を下げる。綺麗な姿勢だ。


「この度は我々の問題にルナセリア公子様を巻き込み、遅れて謝罪申し上げます」


「頭を上げてください、ツクヨさん。世界の危機かもしれないのでしょう? それなら黙って見守るわけにはいきませんよ」


 俺が愛するこの世界を滅ぼさせはしない。もはやモブではなく主人公になってしまったのだから余計に。


 心はいまではモブだが、それはそれで世界を守りたい気持ちはある。


 俺のいまだ消えない最強への道のりを邪魔するなら、たとえドラゴンであろうと倒す所存だ。


「ありがとうございます、ルナセリア公子様。そう言っていただけると、こちらとしても心が軽くなります」


 言われたとおりにツクヨさんは顔を上げた。その後、お茶を運んできた給仕の女性に短く伝える。


「あなた、書斎へ行って竜殺しの本を持ってきてちょうだい」


「畏まりました」


 給仕の女性はぺこりと一礼したあと、襖を閉じて立ち去る。


 しばらくして、一冊の本を手に戻ってきた。


 それは歴史を感じさせるやや古い本だ。


 表紙を確認すると、ツクヨさんはその本をこちらに差し出す。


「これが里に伝わる有名な英雄譚です。どうぞご覧ください。里の者はみなが知ってる内容なので」


「ありがとうございます」


 受け取り、俺は素直に本を開いた。一ページ目からしっかり見ていく。

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