第194話 あるある

 早朝。


 部屋を訪れたツクヨの案内で俺とシルフィーは長い廊下を歩いていく。


 先頭を歩くツクヨは、竜玉が保管されている部屋に向かっていた。


 迷路みたいな屋敷内を右に左に曲がっていくと、やがて一室の前に到着する。


「ここが竜玉を保管している保管庫です」


「入ってもいいですか? 部外者が」


 ここだけ襖じゃなかった。洋式っぽい扉に頑丈そうな鍵がかかっている。


 見るからに進入禁止だ。恐らく入っていいのは彼女とククくらい?


「もちろんです。ルナセリア公子様はわたくしが依頼をして連れて来ました。ここまで連れて来ておいて、保管庫への入室を拒否するのは失礼でしょう?」


 くすりと笑ってツクヨは鍵を開けた。


 俺の肩に座ったシルフィーが、


「この先に神秘が眠っているのね!」


 と知ったかぶる。別に神秘は眠っていない。


 鍵が外れ、ツクヨがドアノブを捻る。


 普段から清掃されているのだろう。扉を開けても埃ひとつ舞わなかった。


 ギィ、と古臭い音を立て扉が開かれる。


 明かりを灯し、前に進んだ彼女を追いかけた。


「ここが保管庫……」


 保管庫と言われるだけあっていろいろな物が置いてある。


 怪しいものから平凡な壷まで種類は豊富だ。


 しかし、その中でもひときわ異彩を放つものがあった。




 ——透明の水晶。




 ただの水晶のようにも見える大きな物体が、保管庫の一番奥に置いてあった。


 占いにでも使うと言われれば信じてしまいそうなほど平凡な水晶だ。


 にも関わらず、なぜか保管庫の中で俺の注目を一番に集める。


 ツクヨが水晶の前に立って笑みを浮かべた。視線が後ろにいる俺のもとへ向けられる。


「気になりますか? あちらの水晶が」


「え? あ、はい。なんですかあの水晶。見てくれは単なる水晶にしか見えないのに、妙に視線が吸い込まれるというか……」


 もしかしてあれが?


 玉、という意味ではあっている。


「あちらがこの里に代々伝わる竜玉です」


「あれが竜玉……」


 やっぱりか、という感想が出た。


 ああいう独特のオーラをまとっている物は、イベントで必要になるアイテムだと相場が決まっている。


 ツクヨはさらに竜玉に近づき、自らの手で俺に示す。


「どうぞルナセリア公子様。見て触って感じてみてください。どうせ人間には害はありませんので」


「わ、わかりました。失礼します」


 害がないと聞かされても緊張するな。


 俺にとっては完全未知だし、何よりこの手のアイテムって主人公やそれに連なる人間が触れると——。


 ぽうっ。


「え?」


「え?」


 ツクヨに言われるがまま水晶に触れてみた。


 すると、水晶がわずかに光る。


 それを見たツクヨが声を発し、俺も彼女に釣られて声が出る。


「こ、この反応は……え? なぜ竜玉が反応を……いままで誰が何度触れてもこんなこと起こらなかったのに……」


 珍しくツクヨが動揺している。普段の口調が崩れ、年相応になっていた。


 俺は逆に「あー、やっぱりこういう感じね。わかるわかる」と内心で頷く。


 肩に座ったシルフィーも竜玉を見て感想をもらした。


「この竜玉ってやつ、不思議な魔力を感じるわ。なにこれ?」


「魔力?」


 動揺しているツクヨに聞こえない程度の声で話す。


「そ、魔力。水晶の内側、かなり奥のほうに膨大な魔力を感じるわ。ありえないほど大きいわね。総量でいったらあんたよりだいぶ多いわよ」


「膨大な魔力……」


 もしかしてそれが、竜を強化するアイテムとしての性能なのかな?


 龍が死に際に残したアイテムだって言うし、相当な魔力を込めたのだろう。


 同時に、この竜玉がまぎれもない本物だとわかる。


「も、申し訳ありませんルナセリア公子様。わたくしもいまの現象は初めて見ました。いったいなぜ……」


「気にしないでください、ツクヨさん。ツクヨさんのせいじゃありませんよ。それに、お決まりというやつです」


「お決まり? ルナセリア公子様には原因がわかっているのですか?」


 不思議そうにツクヨが首を傾げる。


 俺は彼女の問いを否定した。


「詳しくは何も。ただ、俺がこの里に来たこと、あなたに選ばれたことが関係しているのかと」


「な、なるほど……たしかにルナセリア公子様と関係があるように思えますね。すみません、焦って。その秘密が何なのか、本を探してみます。この保管庫にはわたくししか閲覧できない書物もあるので」


「昨日言ってた英雄の本とかですか?」


「はい。よかったらルナセリア公子様も見てください。何か黒き竜を倒すのに必要な情報が、ルナセリア公子様しか知りえないようなことがあるかもしれません」


「お言葉に甘えますね」


 俺も実は知りたいと思っていたところだ。


 竜の弱点とか知っておけば戦闘が楽になる。


「では本はこちらで用意しておきます。ルナセリア公子様は……そうですね。用意が終わるまで竜の里でも観光してはどうでしょう」


「観光?」


「はい。ヴィオラ殿下もいることですし」


 ……ふむ。それも悪くないかもしれないな。


 シルフィーも外が見たいだろうし。


 彼女の意見を採用することに決めた。

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