第228話 まるで家族
ヴィオラとの会話中、部屋の襖が開かれた。
のしのしと床板を軋ませながら入ってきたのは……青い竜。
「クク……?」
「くるぅ!」
ククは名前を呼ばれると、そのままヴィオラの隣を通り抜け、俺の隣に腰を下ろした。
ぺろぺろと舌で顔を舐めてくる。
シルフィーと違って図体がデカいから、ぺろぺろって言うよりべろべろだ。すぐに俺の顔が唾液塗れになる。
「く、クク……顔は舐めないでくれってば……」
「くるぅ~!」
「えぇ? たまにはご褒美? これってご褒美になるのかな?」
俺は首を傾げる。
すると、正面に座っていたヴィオラがくすくすと笑った。
「ふふ。まるで家族のように仲良しですね、お二人は」
「そうですか? ククとはなぜか合うんですよねぇ……不思議と」
まだ出会ってそんなに経っていないのに、ずっと一緒だったかのような錯覚を覚える。
これが原作主人公としての感覚なのか、ククがやたらと人懐っこいからなのかは解らない。
だが、気分は悪くなかった。
ククもすりすりと自らの頭をこすり付けてくる。
「ふんっ。二人、じゃなくて三人だけどね」
シルフィーが頬を膨らませながらヴィオラの言葉に反応する。
残念ながら彼女はヴィオラに認識されていない。声も届かないのでどうしようもなかった。
「くるぅ!」
「……え? 竜玉?」
急に甘えていたククが顔を離すと、自らの胸元に手を当てて——えええええ!?
ククの体から透明な水晶が出てきた。間違いなく保管されていた竜玉だ。
「く、クク? それって保管庫にあった竜玉だよね?」
「くる!」
「そう、じゃなくて! ダメじゃないか、勝手に持ち出したら。ツクヨさんが心配するよ?」
「くるくるっ」
「平気? 自分が持っていたほうが安全? ……たしかに、言われてみればそうだけど……」
誰もいない、簡単に奪われてしまいそうな倉庫より、ククの体内にあったほうがたしかに安全ではある。
奪える者はいなくなるしね。
——っていうか、
「ん? そもそも……ククの体内にずっと収納しておけば、あの黒き竜に奪われることは絶対にないんじゃ……」
最悪な話、仮にククが黒き竜に殺されても、体内に竜玉があれば誰にも取り出せない。
この時点で、黒き竜の野望は費えたのでは?
「くる……くるくる、くるくるぅ~。くるくる」
「あ、ダメなんだ。一定時間が経つと外に出ちゃうし、そうなると再び収納するのに時間がかかる、と。しかも黒き竜なら取り出せる……」
それなら絶対に安全とは言えないのか。
今も竜玉を手に持ったままだし、スムーズに出し入れはできそうにない。
「……当たり前のように見てましたが、かなり面白い光景ですね。竜と会話するヘルメス様は」
「え? そうですかね?」
「そうですよ。私にはククさんが何を言ってるのかサッパリ解りませんもの」
「あー……」
そう言えば、シルフィーもだが、俺はなんでククの言葉が解るんだろう?
最初はなに言ってるのか解らなかったのに、最近ではハッキリと理解できる。
主人公補正? それとも、黒き竜に何かされた影響?
よくわからないが、ククの言葉がわかる分には問題ない。利点しかないからね、今のところ。
「不思議ですよね。これもククに選ばれた人間特有の恩恵みたいなものでしょうか」
「ククさんに選ばれた恩恵……なるほど。やはりヘルメス様には何かあるのでしょうね」
「あはは。そんなこと言われても、期待に沿えるようなことは何もできませんよ」
「すでに十分、期待に応えているかと」
「まだまだ。これからですよ」
本当に大変になるのは。
ヴィオラもそれを解っている。こくりと真剣な表情で頷いた。
次いで、
「くるぅ」
べろり。
シリアスになりかけていた空気を、ククに顔を舐められることで破壊される。
だから……顔はやめてってば……。
▼△▼
ヴィオラと少し話し込んで就寝。
翌朝、早朝の五時くらいに目を覚ました。
こんなに寝たのは久しぶりだ。
布団を畳んで着替えていると、襖の奥から声が聞こえた。
「ルナセリア公子様、おはようございます。ツクヨです」
「ツクヨさん。おはようございます」
「物音がしていたので話しかけましたが……すでにご起床済みでしたか」
「はい。昨日はたっぷりと寝させてもらえたので」
「それは何よりです。ルナセリア公子様にお話がありますので、朝食の席にてお時間をもらえるでしょうか?」
「解りました。俺も話したいことがあるのでちょうどいいですね」
「ではまた居間にて」
そう言ってツクヨさんは廊下を歩いていく。
その足音が完全に消えたあと、ふわりと俺の肩にシルフィーがのっかる。
「あの子に何を話すつもりなの?」
「もちろんモンスターの襲撃の件さ。ツクヨさんもそのことを話したいんじゃないかな?」
あとは被害状況とかそういうのをね。
「ふーん。どうせ次もあたし達がいれば最強よ!」
シルフィーの無駄な根拠に、俺は、
「そうだね。期待してるよ、シルフィー」
と答えて部屋を出る。
真っ直ぐに居間へ向かった。
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