第227話 嵐の前の

「……ん、んんっ」


 目を覚ますと、窓の外から月光が差し込んでいた。


 時刻は、どうやら夜更けだと判る。


「——あら、もう目が覚めたのね」


「シルフィー……?」


 体を起こすと、近くで本を読んでいた彼女と目が合う。


「おはよう」


「おはよう、シルフィー。いま何時くらいかな?」


「夜の八時くらいね。結構な時間寝てたわよ」


「むしろそれくらいで起きれたなら上出来、かな」


「別に、もうモンスターは襲ってこないんだからゆっくり休めばいいのに」


「そうも言ってられないさ。いつモンスターたちが現れるかもわからないし」


「ヘルメスは、まだモンスターが来ると思ってるの?」


 シルフィーが本を閉じて首を傾げる。


 俺は素直に頷いた。


「うん。ほぼ間違いなく来ると思う」


「その根拠は?」


「もしこれ以上、モンスターを寄越さなかったら、わざわざ俺の体力を疲弊させた意味がないからね」


「……たしかに。無駄に戦力を削っただけね」


「黒き竜の仕業だとして、次はもっと多くのモンスターをぶつけてくるんじゃない?」


「それってつまり、今回は……」


「たぶん、様子見ってとこかな」


 その可能性が個人的には一番高いと思っている。


「様子見……ね。言われてみると納得できるわ。でも、だとしたらかなり状況は悪いわね」


「そうだねぇ。里で待つことしかできない俺たちからしたら、防戦一方になる」


「いっそ、こっちから黒き竜を倒しに行くとか?」


「そうなると今度は、里の守りが手薄になるし、何より今の俺が黒き竜に勝てる確証はない。モンスターたちが押し寄せてくるのは厄介だけど、同時にレベルを上げるチャンスでもある」


「難しいものね」


 シルフィーの顔にシワが寄っていた。うんうん、といろいろ考えてるに違いない。


「ま、最終的には俺が勝つさ。そのためにいろいろ準備はしてるしね」


「期待してるわよ」


「任せてくれ」


 負けるわけにはいかない。


 それに、希望はある。


 相手のレベルが高すぎて忘れそうになるが、今回の騒動はゲームに用意されただ。


 イベントである以上、クリアが前提に置かれている。


 ラブリーソーサラー2の難易度がどれくらいかにもよるが、プレイヤーの精神をかき乱す系——いわゆる死にゲーみたいな難易度でないことを祈る。


 そもそも、本来はどうやって黒き竜を倒すんだろう? 負け確イベントとか?


 だとしたら、助っ人に期待したいものだな。




「——ヘルメス様?」


「ヴィオラ様?」


 襖の反対側から、ヴィオラの声が聞こえた。


 俺が返事を返すと、彼女は、


「あ、起きていたんですね。おはようございます。部屋に入ってもよろしいでしょうか?」


 と訊ねた。


 もちろん拒否する理由はないので、


「どうぞ」


 と答える。


 ゆっくりと襖が横にスライドされ、ヴィオラが部屋に入ってきた。


「改めて、おはようございます、ヘルメス様。お早いお目覚めですね」


「もう夜ですけどね。おはようございます。ヴィオラ様もしっかり寝てますか?」


「私はもともと、ヘルメス様のおかげで眠れていますよ。昼夜逆転はしてません」


「それもそうですね。……ところで、何か用事でも?」


「ああいえ、たまたまヘルメス様の様子を確認しに来たら、部屋の中から声がしたので。他に誰かいた……わけでもなさそうですね」


「あ、あはは……ただの独り言ですよ。外が気になって」


 危ない危ない。シルフィーとの会話をモロに聞かれたわけじゃなくてよかった。


 シルフィーはほとんどの人間には見えないし、声も聞こえない。


 危うく、俺が虚空に話しかける危ない人になるところだった。


「ふふ。ご安心ください、ヘルメス様。もう里の近くにモンスターはいません。しっかりと侍の方々が夜通し外を見張ってくれているので、モンスターが来ても平気ですよ」


「そうですよね。ここ最近はずっと起きて戦っていたので、いざ暇になるとビクビクしちゃって」


「気持ちは解ります。私も今日はずっと静かで怖いくらいです」


「あ、そう言えばツクヨさんは?」


「ツクヨさんは屋敷にいますよ。まだ眠っているんじゃないですかね? あの人も朝からたくさん動いてお疲れでしょうし」


「そうですか。なら、話は早朝なんかにしたほうがよさそうですね」


「それがよろしいかと。今は私と一緒に語らいましょう。忙しさのあまり、ほとんど会話はできませんでしたから」


「そうでしたね。ヴィオラ様にはお世話になりました。支えてくれてありがとうございます」


 ぺこりと彼女に頭を下げる。


 するとヴィオラは、首を左右に振って俺の言葉を否定した。


「まだすべてが終わったわけではありません。むしろ激しさは増すばかり。お礼は黒き竜を倒してからにしましょう」


「ヴィオラ様……そうですね」


 俺としたことが気が早かったらしい。


 同時に、俺とヴィオラはくすくす笑った。


 そこへ、襖が開かれ——のしのしとククが現れる。

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