第32話 vsヘラルド

「だれ?」


 誘拐犯たちの親玉と思われる男に対して、俺は短く問う。


 男はクツクツと喉を鳴らして凶悪な顔で言った。


「ヘラルド。ただのヘラルドだ」


「ふうん……」


 まさか素直に自分の名前を答えてくれるとは思わなかった。偽名である可能性はあるが、そんなことはどうでもいい。相対した以上、俺はここからミネルヴァを連れて帰りたいし、ヘラルドは俺たちを逃がしたくない。戦闘になるのは必然だった。


「お前の名前は? 教えてくれるんだろ」


「残念ながら名乗るわけにはいかないんだ。名乗らせておいて悪いね」


「ハッ、そうかよ。別に構わねぇぜ。どうせここで殺しておくからな。死人に口なしってことさ」


 そう言うとヘラルドは腰の剣を抜く。器用な奴だな、双剣使いか。後ろに並ぶ女も背負った槍を構える。


 俺も手にした剣を構え、二人を睨んだ。


 ミネルヴァは牢屋の中にいる。それなりに頑丈そうな檻だし、途中で人質にされる危険は低いだろう。部屋も広い。女が槍を振るうには十分だが、俺も二人を相手するのに十分なスペースがある。


「大人しく俺たちを見逃してくれるなら、君たちだけは助けてあげるよ? それでも戦うっていうのかい?」


「当然だろ。お前に負けるつもりはねぇし、お前が俺らを見逃す道理もない。殺したほうが早いってなもんさ」


「確かにね」


 そのとおりだ。たとえ彼らが俺とミネルヴァを見逃しても、俺は最初から彼らを見逃すつもりはない。これまでに何人もの犠牲者が出ている以上、それを解決できるかもしれない俺が犯罪者を逃すことなどありえなかった。


 ふっと笑って彼らを殺す覚悟を決める。


 この部屋に来るまでのあいだ、多くの人間を殺した。相手は犯罪者の仲間であって正当防衛も認められるだろう。だが、俺は元は平和な日本で暮らしていた一般人だ。人を殺すのはおろか、人が死ぬ場面だって見たことがない。精々が、早朝のニュースを見て誰々が誰々を殺した、という事件を聞いたくらいだ。


 そんな俺が、いくら異世界に転生したからと言って、簡単に人を殺せる力を持てたからと言って、人を殺して平気なわけがない。正直、今にも吐きそうな気分だよ。それでも耐えられるのは、レベルが上がって人間的な成長をしたからかな? この世界では、レベルを上げると精神的に強くなれるのかもしれない。


 けどやっぱり辛い。辛いけど、ミネルヴァを、ヒロインを失ってしまうほうが何倍も辛かった。だから俺は剣を取る。大事な人を守るために誰かを殺す。ここはそういう世界だ。苦しくても、俺でなくてもいいと言われても逃げない。目を逸らさない。


 ただ、俺は俺が思うとおりにこの世界で生きる。そう決めたのだ。


「いくぞっ」


 戦闘が始まる。


 初手は向かって左に移動したヘラルド。刃渡りの長さから近接戦闘を行うために俺との距離を詰める。右へ移動した女は、長槍を手にリーチを活かした突きの構えをとった。先にヘラルドの刃が俺に迫る。


 一本は避けてもう一本は片手の剣で止める。金属同士が打ち合い、甲高い音が部屋に響いた。無理に回避ばかりを多用すると、狭い部屋の中では致命的なミスに繋がりかねない。だから剣でのガードを多用しつつ魔法を使って切り込む。


 とはいえ、ことはそう簡単でもなかった。




 コイツ……俺と同じくらいのレベルか。人間社会においてはかなりの強者に分類される。女のほうも刃を交えた瞬間に鋭い突きを放つ。その全てが急所めがけて飛んでくるが、面ではなく点による攻撃は速ささえ見切れば避けやすい。ひょいひょいとかわしながらヘラルドと剣を打ち合う。


 たまに下級魔法を用いてヘラルドとの距離を調整し、背後に回り続ける女のほうを狙ったりもした。そのおかげでなんとなく女のレベルも計れる。恐らく女のほうは俺よりレベルが低い。しかも剣じゃなくて槍を使うあたり、筋力数値——STRの伸びがそこまで高くない。ゲームだと槍を使う敵は出てこなかったが、そもそもミネルヴァが誘拐されてること自体がイレギュラーな問題だ。今さらそこは気にしない。


 距離を詰めてくる俺に対して、女は必死に後退しながら槍を振る。だが、外に比べて狭い部屋の中では逃げるのにも限界がある。徐々に壁に追い込まれた女。俺はヘラルドを魔法で牽制しつつ女へと肉薄する。


「槍は距離をとって戦えるけど、近付かれたら無意味だね。室内用に他の武器を持っておいたほうがいいよ。というより、やっぱり剣が一番だ」


 言いながら鋭い斬撃を喰らわせる。槍を盾に女もどうにか防ごうとしてくるが、俺は剣だけじゃない、蹴りによる体術も交えて相手を追い詰める。後ろからヘラルドの奇襲が鬱陶しいが、魔力を温存せずに範囲系の魔法を用いれば、限られたスペースしかない部屋の中では十分な壁になる。


 やがて、女の防御より俺の手数のほうが勝りはじめた。


 レベルの差は技量ではなかなかひっくり返らない。技量でも俺に勝っていない女では、一対一で崩れるのは明白だった。苦悶の表情を浮かべる女の腕を、一瞬の隙を突いて俺の剣が斬り飛ばす。


 もう勝負アリだ。これは完全に俺の勝ちだった。


 両手で扱う槍の使い手が、片腕を失えばどうなるか。槍の重さに重心がズレ、構えも普段のそれとは異なる。何より痛みが運動能力を妨げ、腕力も半減する。その状態では一分ともつまい。


 さっさととどめを刺そうと俺は剣を引く。突きの構えをとって強烈な刺突を——。


 お見舞いする前に、背後の炎の中からヘラルドがこちらに突っ込んできた。全身を高熱で焼かれながらも、男は止まらない。両手に持った剣を構えて振り下ろす。


 咄嗟に俺は剣を横に倒して相手の攻撃を受け止める。同時に振り下ろされた攻撃ならば、二本あろうがこちらは剣一本で止められる。片手では腕力差で押し負けるので、即座に風属性の魔法を使ってヘラルドを弾き飛ばした。


 ヘラルドは魔法を剣でガードすると、空中でくるりと一回転して地面に着地する。その間に片腕を失くした女のほうが俺から離れて槍を構え直した。やや重そうに見えるが、振るえなくはない、か。


「俺たちを相手にやるじゃねぇか。こんなに緊張感ある戦いは久しぶりだ。……てめぇ、何者だ?」


 剣を構えたままヘラルドが俺に問う。無駄な会話だとわかっているが、俺はなんとなくその言葉に答える。




「ただのファンだよ。この世界のね」




 戦いは続く。

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