第31話 太陽と月
薄暗い地下の通路に降り立った。
壁にはいくつもの明かりが点々と備え付けられている。日に何度もこの通路を利用し、この先に少なくとも人がいる証拠だった。
俺は念のため、腰にぶら下げた鞘へと手を伸ばし、意識を周囲へ散らしながら奥へと進む。足音を殺しながら慎重に、逸る気持ちを抑えながら歩く。次第に、通路を照らす光が大きくなっていった。目を凝らすと、数十メートル先に人の影が揺らいでいた。いっそう緊張感が増す。
どうやら侵入者対策ができているらしい。わざわざ通路を一方にしか掘らなかったのは、こういう時のためかな、なんて考えながら、いつかはバレるし最短で行こうと決意する。
「……うん? 誰だお前。ボスの客か?」
暗闇の中から出てきた見るからに怪しい俺を見て、広場のそばにいた男のひとりが声をかける。ここは部下たちの溜まり場らしい。奥の部屋へ行くには必ずここを通らなきゃいけない。部屋をいくつもわけるより効率的だな。
俺は気にせず彼らを無視して奥を目指した。当然、男たちは俺が侵入者だとすぐに気付く。
「こいつ! 侵入者か! てめぇら武器を持て! 殺すなよ? 誰の差し金がきっちり聞かねぇといけないからなっ」
反応がいい。俺が敵だとわかるや否や、そばにいた何人もの部下たちが武器を構える。こういうパターンも想定していたのか。
どちらにせよやることは変わらない。残しておくとあとで何をされるかもわからないし、生かしておく理由もない。デメリットしかないのなら、俺も彼らに容赦はしない。すらりと鞘から抜かれた剣を無防備に下ろし、なおも真っ直ぐ俺は進む。
「おらっ! 無視してんじゃねぇぞ!!」
男のひとりが斬りかかる。狙いは腕。殺さないように躊躇した結果、狙いがギリギリすぎて横に一歩だけずれれば攻撃を避けられる。空を切った男の刃を横目に、容赦なく剣を水平に薙いだ。
シュッ。
男の首が切れる。切断とまではいかないが、深々と喉を切り裂かれ、大量の血を流して男のひとりが倒れた。
声帯が潰されたので大声も出せない。叫びをあげられない。ただ静かに苦しみながら絶命した。
仲間の死を目の当たりにして、他の男たちの動きが止まる。シーン、と痛いくらいの静寂が広がるが俺には関係ない。スタスタと再び前を目指す。
遅れて男たちが反応を示した。ハッと顔を上げて走る。恐怖が薄まったわけでもないのに、大した度胸と忠誠心だ。けれど、度胸があって忠誠心が高くても格上の相手には勝てない。レベルという概念が、ゲーム的な要素が、年下であるはずの俺には届かない。
一心不乱に剣を振る男たちの首を、手足を、心臓を切り裂き潰す。
周囲には男たちの絶叫と苦悶、大量の血痕ばかりが散らばる。掃除が大変だなとまるで他人事のように思いながら、その場にいた暴漢すべてを殺しつくした俺は、守る者を失った扉に手をかける。ギィッと古臭い音を立てて扉が開き、その先にはさらに下へと続く階段があった。
石造りの階段を下りる。ものの十秒ほどで最下層? に到着し、今度は左右にひとつずつ扉が見える。どちらから調べようかと思ったら、ふいに、扉の奥から小さな声が聞こえた。誰かいるのか? と思った俺は迷わず左の扉を開ける。
扉の先には、鈍色の檻があった。そばにはもうひとつ扉が。しかしそれを無視して、俺はゆっくりと檻へ近付く。なぜなら、その檻の中にはかつて苦しいほど焦がれた女性がいたからだ。向こうも入ってきた俺に気付く。当然、気付く。
怪しい風体を見て檻のそばから離れる彼女だが、気にせず俺は口を開いた。確かめるように呟く。
「……ミネルヴァ、か?」
俺の言葉に女性はぴくりと反応を示した。おそるおそるといった風に答える。
「あなたは、だれ?」
強い意志の込められたつり目が俺を真っ直ぐに捉える。ゲームの頃のままの彼女だ。気高く、何より美しい。その姿に魅了されながらも、俺はしっかりと彼女の質問に返事を返す。
「ただの侵入者で、君を助けにきた協力者……と言うべきかな。あまり騒がないでくれよ。さっさと君をここから連れ出すから……」
そこまで言ったところで、俺は気付く。目を細めてちらりと後ろへ振り返った。
部屋の外、薄暗い通路にやつはいた。
二振りの刃を腰に携える、不敵な笑みを浮かべた男が。
男は俺が自分の存在に気付いたことに拍手する。やや大袈裟に両腕を広げて言った。
「おいおいおい。やるじゃねぇか、お前。後ろから刺してやろうと思ったのに、もう気付いたのか」
つかつかと靴音を立てて男が室内に入ってくる。後ろから物静かな女性も続いた。
やれやれ……新しい敵か。しかも雰囲気を見るに、ボスキャラかな? ゲームでは出てこなかったけど。
俺は睨むように男を見ながら尋ねる。
「だれ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます