第30話 救出へ
サンライト公爵家の家紋が入ったハンカチを見つけた。切迫した状況では貴重な手掛かりだ。このハンカチがスラム街に落ちてるという事は、この辺りにミネルヴァが連れてこられた可能性が高い。もしかすると、風でただ遠くへ飛ばされただけな可能性もあるが、それを言っては始まらない。俺はこれに懸けることにした。
まず屋根裏から降りる。スラム街の通りに冒険者風の格好をした者が急に空から降ってくれば、地面に座る小汚い者たちは一斉に驚いた。だが俺は、彼らを無視して周囲に視線を向ける。
仮にこの辺りにミネルヴァがいる場合、俺が犯人なら間違いなく見つかりやすい場所には隠さない。できるだけ人の目を遮れる場所が好ましい。とはいえ、周りを囲むのは建物ばかり。木製で造られたみすぼらしい家が並ぶ。
どう見たって孤児やスラム街の住人の家だ。こんなわかりやすい所に捕まえた貴族の娘を隠すとは思えない。相手が貴族でなかろうが、スラム街とて騎士たちが見回ったりする。建物の中に隠し続けても限界があるだろう。いや、ひっそりと奥に隠す分には問題ないのか? 俺なら、逃げられた際に危険な家屋の中は避けるが…………うん?
そこまで思考を巡らせて、不意に一軒の建物の中が気になった。本当になんとなく窓の外から中を覗いただけだったが、そこには信じられない者がいた。
「あれは……!」
何の飾り気もない簡素な室内に、これまた簡素で質素な木製のテーブルが置いてある。それを囲むように木製の椅子に腰を下ろすのは、見覚えのある男。あの時はもうひとり仲間がいたはずだが、テーブルを囲むほかの男たちの顔に面識はない。
それでもたったひとりだけ鮮烈に記憶に残るのは、前にウィクトーリア・フォン・ラナキュラス嬢を誘拐しようとした暴漢のひとりだ。ごく自然に今回の件との関係性が繋がる。俺はいてもたってもいられなかった。
努めて冷静に正面扉を蹴り破る。おらぁっ!
今の俺のレベルなら、脆く耐久性に乏しい木製の扉ごとき簡単に蹴破れる。
バキッ、ガラガラッ、と音を立てて扉が粉々に粉砕された。やや屑が風に舞って空気を汚すものの、それを無視して俺は室内に足を踏み入れる。
突然の来訪者にテーブルを囲んでいた厳つい顔の男たちが立ち上がる。それぞれ目を見開いて、
「な、何事だ!?」
「急襲か!?」
などと声を上げる。総勢三名。
さっさとミネルヴァを救出したい今の俺には、彼らの声はノイズにしか聞こえなかった。
「てめぇ……! 包帯で顔を隠してるようだが、こんな所に足を踏み入れて無事でいられると思ってんのか!」
見覚えのある男が、怪しい格好と見た目の俺を大声で威圧する。服装は一般的な冒険者のそれだ。気付かなくても無理はないが、こちらの顔を見ればすぐに「あの時の相手だ!」、と言うかと思った。いや、そう言えば顔を隠して行動しているんだったな。ミネルヴァに顔を覚えられたくないという意味でわざわざ包帯を巻いたが、これならまだ包帯は必要なかったかもしれない。
まあ、どちらにせよボコボコにして情報を引き出すのだから、あまり関係ないか。
時間をかけるわけにはいかないので、ポキポキと手を鳴らしながら一歩、また一歩と前へ進む。自分たちの威圧に対してなんの反応も示さない怪しい俺を見て、先ほどまでの強気はどこへいったのか、男たちはびくりと肩を震わせた。
そこへ今度は俺が強気に出る。
「最初に言っておくが、俺は今、誘拐された貴族の女性を追ってる。それについて知ってることを教えろ。喋らないとどんどん痛めつけるからね」
「ふざけるな、そんなやつ知るかよ!」と騒ぐ男たちを無視して、俺は拳を握るなり床を蹴った。すでにレベルで俺に負けてる彼らに、俺の動きを完璧の捉えることはできない。そもそもの経験が乏しいのだ、そこにステータス差も合わさってあっさりと右拳によるパンチがヒットする。ひとり、またひとりと床を転がった。
その場にいる全員を尋問してる暇はない。今こうしてる間にもミネルヴァに危機が迫ってるかもしれない。男がひとり残っていればいい。しかもその男は、前にウィクトーリアを誘拐しようとした男だ。彼なら有益な情報くらい持ってるだろう。
仲間が次々に倒れる様を見て、完全に戦意を喪失して男が床にしりもちをついた。
ガクガクと小刻みに震える男の下へ、俺はゆっくり歩み寄る。
「さて、と。残りはお前だけか」
「や、やめろ! 許してくれっ。なんでも話すから……こ、殺さないでくれ!」
「ほう? 殊勝な心がけだ。なら、さっさと俺の質問に答えてくれるかな?」
「し、質問?」
何の話だ? と疑問を浮かべる男の首を掴む。俺くらいのレベルになると、成人男性を片手で持ち上げるなど楽勝だ。ふわりと男の足が地面から離れる。
男は苦しそうにもがくが俺は気にしない。
「もう忘れたのか。さっき言っただろ? 誘拐された貴族の令嬢がどこに連れて行かれたのか、と。お前も同じ誘拐犯だ、なにか知ってるなら吐いたほうがいい。なにも知らないのなら、今日がお前の命日になるぞ」
殺す気はないが適度に脅しておく。なにか知ってても隠す恐れがあるからね。
「き、貴族の、令嬢……なら、たぶん、地下に……ぐぅっ」
首を絞められているので、男がかすれた声で答えた。
「地下? そうかなるほど地下か……」
確かに誘拐した者たちを地下に隠せば、たとえ逃げられても簡単には地上へ出れない。しかもいくら騒ごうと地下なら声は地上へ届かず、隠しておけば巡回の騎士たちにもバレにくい。こんな所に男たちが三人もいたことを考えると……サンライト家の家紋入りハンカチが見つかったことも含めて、この建物の下に秘密のアジトがあると見て間違いないだろう。いっそう強く首を絞める手に力を込めて男へ問う。
「その地下への入り口はどこにある? どうせこの家の床のどこかだろ? 死にたくなかったら吐いたほうがいい。見つかるのは時間の問題だ」
「ぐっ……がっ……そ、そこの……テーブルの下、だ」
「ありがとう。協力感謝する」
そう言って男を壁に放り投げて叩きつける。頭を打った衝撃で男は気絶した。もしかすると死んだかもしれないが、俺はどっちでもよかったので無視する。急いでテーブルを退かしてその下を確認した。
すると、テーブルの下の床に不自然な切れ込みが見える。手探りで床を引っぺがすと、木製の床下から鉄製の蓋のようなものが出てきた。それを開けると、地下へ続く梯子が伸びる。
「この先に……ミネルヴァがいるのか」
待っててくれ、ミネルヴァ。すぐに助けにいくよ。
俺は梯子に手をかけ、するすると勢いよく下へ降りていく。薄暗い闇が、まるでこの先の危険を教えてくれているようだった。
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