第33話 決着

 仲間の腕が斬り飛ばされたというのに、ヘラルドの戦意は下がらなかった。


 そこら辺にいるチンピラとは思えぬ眼光でこちらを睨みながら、双剣を巧みに振るう。その攻撃を剣で防ぎかわしながら、重症を負った女の腹部を蹴った。


「ぐうっ!?」


 女が呻き声を漏らして地面に転がる。


 先ほどからヘラルドの攻撃に合わせて背後から攻撃を繰り返しているが、腕を失って最初ほどの鋭さはない。よくて少しうざい程度の障害だ。血も大量に流して体力もないのか、俺の蹴りを一発受けただけで立ち上がれない。少々不恰好ではあるが、これで残りはヘラルドただひとり。レベルは拮抗してるようだが、技術面ではこちらが上だ。さらに相手は魔法が使えない。アドバンテージは完全にこちらにあった。


「——<悪意>」


 闇属性下級魔法<悪意>。


 相手の能力を任意で下げることができるデバフ。前はこれを賊の視界妨害に用いたが、今回は素直にヘラルドのステータスを下げる。俺のINTはそれなりに高いほうなので、いくら下級魔法とはいえ効き目は抜群だ。魔法の並列起動が可能だったら、わざわざヘラルドを牽制しなくてもこの魔法を組み合わせてもっと早く片がついていただろう。


 まあ、二対一での戦闘経験は貴重だ。対人相手ならなおさら。レベルが拮抗した相手との経験が欲しくて発動を躊躇っていたわけじゃない。あくまで、最初はヘラルドを牽制するのに魔法が必要だっただけだ。いまの俺では魔法は一度にひとつしか使えない。持続する魔法を使ってるあいだも他の魔法は使えない。魔力の繋がりを切る必要がある。でもそうすると魔法が消えてヘラルドがこちらにくる。だから使わなかった。使えなかった。


 ……まあ、あれだ。牽制なくても勝てたとは思う。けど、闇属性の魔法って相手に干渉するタイプが多いから、魔力の操作とか大変なんだよ。二人を相手にしながらレベルの近い相手に魔法を喰らわせる場合、当然、相手のINTの高さに比例して抵抗される。だから、より確実で楽なほうを選んだわけだ。そういうことにしておこう。


 俺がおかしな言い訳を長々と心の中で並べているあいだも、ヘラルドと俺の戦闘は続く。余裕ができたことで俺の魔法がヘラルドの体を蝕んでいるため、ぐちぐち垂れている間にヘラルドの体力は凄まじい勢いで消費されていった。どんどん動きが雑に、遅くなっていく。


 二対一の状況でさえ押し負けていたのだ。一対一になれば簡単に勝てる。


 それを証明するかのように、何度目かの打ち合いで俺の剣がヘラルドの剣を弾いた。一振りの刃がくるくると回転しながら天井に突き刺さる。ステータスの低下だけじゃない。手数すら減ってヘラルドの耐久力は落ちた。生まれた大きな隙を見逃すほど俺は甘くない。


 即座にヘラルドへ肉薄し、彼が凌ぎきれないほどの連撃を浴びせる。防御に全ての意識を削がれたヘラルドは、しかしゼロ距離で放たれた俺の魔法を防げなかった。


「ぬ、おぉおおおお!?」


 素っ頓狂な声を上げてヘラルドが後方に吹っ飛ぶ。風圧が彼を奥の壁へぶつけ、その衝撃をもって勝敗が決する。全身を激しく打ちつけたヘラルドは、力なく地面に倒れた。血を吐き、体中に生傷を作っていた。


「ふう……終了っと」


 レベルが近い二人を相手に俺は勝利を収める。我ながら傷やダメージこそないが、やや慎重になりすぎた。魔力もかなり使ったし、欠点も見受けられる。


 ここは紛れもない現実世界だというのに、未だゲーム感覚が抜けないらしい。力を振り回す子供みたいになってしまうな。


 剣を納めてヘラルドに近付く。骨を折っているのかまともに動けない彼の懐をまさぐると、想像どおり牢屋の鍵と思われるものが見つかった。


 それを使ってガチャガチャと牢の鍵穴をいじくり……ガチャン。入り口が開いた。


 先ほどまで呆然と戦闘を見守っていたミネルヴァは、自分を誘拐した犯人より危ない俺を見て、助けにきたっていうのに後ろへ下がる。信用されていない目でキッパリと言われた。


「あなた……何者なの? あれだけの剣術に、火、風、闇の魔法まで使えるなんて……」


「怪しい者ではないさ。ただのファンだよ。もちろん君のでもある」


「は、はぁ? なに言ってるの? それに、どこからどう見ても怪しいじゃない! その包帯を取りなさいよ!」


「あ」


 やっべ、また忘れてた。そりゃあ彼女が警戒もするわ。どこからどう見ても怪しい。


 だが包帯を取ったら顔を覚えられるので、メインヒロインの彼女には素性を教えられない。せめて主人公のアトラスくんが彼女を攻略してないとわかるまでは、彼女の記憶にはあまり残りたくなかった。


 仕方ないのでぽりぽりと頬を包帯越しにかきながら誤魔化す。


「悪いが包帯は取れない。顔が爛れているんだ。見るも無残な腫れ具合に、見た者は正気を失うだろう! だから許してくれ。なに、君を助けにきたのは本当さ。安全な所まで送るよ」


「信用できない」


 ひどっ。


 捕まっていたところを助けにきたんだから信用してほしい。


 ……いや無理か。むしろ捕まったからこそ警戒心がより強まる。そこへ包帯ぐるぐるの強者が出てきたら、「お前も私を誘拐するつもりだな! くっ! 殺せ!」と思ってもしょうがない。


 でもこのままだと話が進まないので、俺は無理やりにでも彼女を牢から出すことにした。


「ハァ……なら俺のあとにでもついてきなよ。先を歩くし、もうこの地下には君を攫う奴もいないだろう。ほら、出口まで案内するから」


「…………」


 後ろを振り返り、牢から出て先導する俺に対し、千載一遇のチャンスを不意にするほど彼女は愚かではなかった。


 念のためと言わんばかりに転がるヘラルドの剣を拾って、ゆっくりとだが俺のあとを追いかける。


「——! これは……」


「どうしたの? 早くこないと行っちゃうよ?」


「ッ。ま、待ちなさい! でも近付かないで!」


「はいはい……」




 ▼




 ヘルメスとミネルヴァが部屋から出たあと、まだ意識を保っていたヘラルドは、近くに転がる仲間——ミスティを見て、ぽつりと呟いた。


「……俺は、死ぬのか……」


 実は致命傷を受けていたヘラルド。意識がどんどん暗闇の中に沈むのがわかった。


「ああ……すまねぇ、サラ。お前のために、たくさんの貴族に……復讐、を……」


 無意識に虚空へ手を伸ばす。最後に見えたのは、最愛の妹の姿か、それともただの地獄か。


 こんなことを望まれたわけでもないと解っていたが、ヘラルドは最後まで自分の意思を曲げなかった。それほどの強い恨みを抱えてもなお、最後の最後で、ヘラルドは笑う。ようやく終わったと言わんばかりに。




「ミスティも……きっと、待ってる……よな」




 役目を負え、そっと静かにヘラルドは瞼を閉じる。

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