第34話 太陽は不敵に笑う

 誘拐犯ヘラルドとの戦いが終わった。


 彼らに与えた傷やダメージは致命傷だ、恐らく一時間ともたずに絶命に至るだろう。なので俺は、それを見届けるような真似はせず、急いでミネルヴァを連れて怪しい地下通路を出る。


 なぜか階段をあがる頃には、ミネルヴァの反応が素直になっていた。俺を少しでも恩人として見てくれているのだろうか?


 どちらにせよ移動が楽なので助かる。


 ちなみに他に誘拐されてる人がいるっぽいが、確認だけしてあとで他の人が助けにくるからもう少しだけ待っててね、と伝えておいた。


 彼女たちの絶望顔には悪いが、他に仲間がいた場合、彼女たちを守り切れる保証はなかった。


 だったらまだ檻の中にいたほうが安全だろう。俺はミネルヴァしか守る気はないし。


 しばらく会話らしい会話をしないまま二人で長い地下通路を抜けると、やがて俺が侵入の際に使った梯子が見えた。念のため、地上で入り口を仲間が見張ってる可能性がある。ミネルヴァはスカートだし、そういう意味でも俺が真っ先に上へあがった。


 開きっぱなしの穴から建物の床へと顔を出し、きょろきょろ辺りを見渡す。未だ気絶したままの男たちが三人ほど室内には転がっており、それ以外にめぼしいものはない。


 ホッと安堵の息を漏らして俺は梯子を上がりきる。


「ミネルヴァお嬢様~。上がってきていいよ」


 下で待つミネルヴァに向けて大きな声で呼びかける。少しして、ゆっくりとだが梯子を上がってくる少女が視界に映った。


「はぁ……はぁ……こ、この梯子……結構たいへんね……」


「ミネルヴァの体力が無いだけだと思う」


「黙りなさい! そもそもサンライト公爵令嬢たるわたくしに、梯子をのぼる労力など無用なんです! 最初からあなたが背負って上がれば……」


 ぶつぶつと俺の背後でミネルヴァが文句を垂れる。別にミネルヴァがそれを望むなら、彼女ひとりくらい背負ってのぼるのは簡単だ。でも、こちらを警戒する彼女にそんな提案したところで、断られるのが目に見えている。お触りしたかったよちくしょう! 言っとけばよかった。


 馬鹿みたいな後悔を胸に、それでも俺は周囲の警戒を忘れない。建物の外からは声が聞こえてくるが、誘拐犯の仲間ではなく浮浪者や孤児たちだろう。できるだけ早くこの場から立ち去りたいが、そうすると結局、危険な場所にミネルヴァを放置することになる。


 見た目不審な俺だが、頑張って彼女を表の通りまで連れていこう。


 そう思ってミネルヴァのほうを振り返ったとき。


 不意に、外から重圧な鎧の立てる金属音がいくつも聞こえてきた。


 もしや、と思い咄嗟に窓から外を眺めると、遠くから白銀の甲冑をまとった何名かの騎士が向かってきているのが見えた。


 とうとうスラム街を調べにきたのか。前から調べてはいただろうが、タイミングがいい。これを活かせばさっさと家に帰れるな。


「ちょ、ちょっと! さっきからなに忙しなくしてるの? 気になることがあったならわたくしにも教えなさい!」


「ん? ああ……いい知らせがある」


「いい知らせ?」


 こてん、と無防備に首を傾げるミネルヴァお嬢様。


 自分がスラム街にいるという自覚はないのだろうか? まさかとは思うが、スラム街にいることを知らない? だとしても誘拐された直後でよくもまあそんな気が抜けるものだ。目の前にはまだ、怪しい俺がいるというのに。


 ある意味で図太い彼女を見て逆に感心する。


「今、お嬢様がいるのは王都のスラム街だ。ここは規模が小さいとはいえ危険なことには変わりない。俺としてはすぐにでもあなたを安全な場所に連れていこうと思ったんだが……その前に、お迎えが来てるらしい」


「迎え……ってまさか?」


「ああ。騎士が数名、正面からこっちに向かって来てる。君を探してるのは間違いないね」


「よ、よかった……これでわたくしは帰れるのね……」


 わかりやすく胸を撫で下ろすミネルヴァ。まだ若い彼女に、誘拐事件など胸を痛めるに決まってる。精神的に強い子だ。少し休めば回復するだろう。


 ある程度騎士たちが近付いてくると、俺はミネルヴァを入り口に立たせる。


 当然、騎士たちの視界にミネルヴァが映り、慌てて彼らは彼女のもとへと向かった。


 俺はそのタイミングで反対側の窓を破壊して外に出る。結構な騒音を撒き散らすが、騎士たちが来る前に薄暗い路地裏の先を目指して駆けた。後ろから、かすかに「待って!」という声が聞こえたような気がした。




 ▼




「ミネルヴァ様! よくぞご無事で……。まだ賊が残っていたようなので、すぐに安全な場所へと向かいましょう。馬車をお呼びします」


 ヘルメスがやたら目立つ方法で脱出を試みた結果、駆けつけた騎士たちが周囲を警戒しながらミネルヴァを囲む。


 囲まれた当の本人は、何も言わずに消えたヘルメスこと不審者のあとを見つめて、最後に伸ばした手を引っ込める。


 しかし、彼女の顔には不敵な笑みが刻まれた。


 もう片手で握り締めていたへ視線を落とす。




 そこには、ヘルメス・フォン・ルナセリアの生徒手帳があった。




「ふふ……どこまで信じられる人か試させてもらいましたよ。また、必ず……この恩くらいは返してあげましょう」


 騎士たちとともに表の通りを目指して歩きながら、ミネルヴァはくすりと笑う。地上へ出るまでのあいだ、震えていた女性とはとても思えなかった。


 ヘルメスにとっては、新たなイレギュラーを抱えることになる。


 だが、この時のヘルメスはまだそれに気付いていなかった。

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