第217話 悪癖

 天候がどんどん荒れていく。


 ざぁざぁと雨が降り、俺とドラゴンの視界を潰す。


 半端じゃない雨だな……。


 恐らく目の前のドラゴンは天候、もしくは水を操る能力を持っている。


 両方持ってる可能性もある。


 先ほど水を爪状に伸ばして攻撃してたのがその証拠だ。


「うへぇ……すごい雨ね。大丈夫そう?」


「なんとか平気かな。視界が悪くてドラゴンに飛ばれると見失いそうだけど」


「それなら安心しなさい。私がドラゴンを捕捉しといてあげる」


「さすがシルフィー。頼りになる」


「えっへん」


 ドヤ顔で胸を張るシルフィー。


 これまででトップクラスに頼りになるな。


 船での件もそうだが、東の大陸に来てから彼女の活躍は留まるところを知らない。


「グルアアアアア!」


「! 来るね」


 ドラゴンが鳴いた。


 翼をバサバサとはためかせて空を飛ぶ。


 上にのぼられると雨が邪魔で見えない。


 完全に視界の外へ消えた。


「空をぐるぐる飛んでるわね……来るわよ!」


「了解」


 シルフィーの指示を聞きながら後ろに飛び退く。


 俺が立っていた場所を、ドラゴンの鉤爪が切り裂いた。


「うーん……なるほど」


「いけそう?」


「問題なし。シルフィーの指示があれば避けられる。近くに来るとさすがに気配で判るしね」


 近付かれたら、どこから攻撃されるのか分かる。


 その前にシルフィーの言葉で位置をザックリにでも把握しておけば、反撃カウンターもやれそうだ。


「なら反撃する? それともこのまま様子見?」


「もちろん反撃するよ。この天候じゃ相手の攻撃パターンもよくわからないしね……先手必勝さ」


「了解!」


 シルフィーもやる気を見せる。


 彼女は魔力を練りあげると、周囲の雨風を少しずつ遮って不可視の傘を作り上げた。


 急に視界がひらける。


「おお! こんな事もできるんだ。早くやってほしかったな」


「それが世話になってる妖精に言う言葉かしら? 吹き飛ばすわよ」


「ごめんごめん。冗談だ——よっと!」


 言葉の途中でドラゴンが攻撃を仕掛けてきた。


 それを横にかわしてドラゴンへ剣を振る。


 ドラゴンの皮膚がわずかに斬れた。


「すぐ次がくるわよ!」


「いちいち離脱されるのが面倒だね……シルフィー、前に黒き竜にやったあの拘束技使える?」


「使えるけどいいの? 相手の攻撃パターンとか」


「さっきも言ったけど、これだけ天候が悪いと攻撃がぜんぜん見えない」


「それでも分かることはあるんじゃない?」


「そうだね。もっともな意見だ。でも、時間をかけるのが馬鹿らしい。どっちみち普通に殺せるならそれでいいよ。思ったより相手のスタイルが面倒だ」


「たしかにね。それには同意するわ」


 周囲の雨を押し上げていた風が消える。


 再び全身がズブ濡れになるが、構わず俺は地面を蹴った。


「右から来るわよ」


「了解」


 シルフィーの言う通りドラゴンの気配が右からやってくる。


 それをギリギリまで引き付けてから避ける。


 ついでに剣を相手の体に滑らせながら攻撃もした。


「————風よ」


 シルフィーが魔法を使う。


 不可視の風がドラゴンの体にまとわりつき、その動きを止める。


「グルアアアア!」


 ドラゴンは急に空中で停止し、雄叫びを上げながら暴れる。


 しかし、俺のINTをもとに叩き出されたシルフィーの魔法を簡単には破れない。


 あの黒き竜すら短時間でも拘束した魔法だ。


 格下と思われる目の前のボスでは、どう頑張っても振り切ることはできなかった。


 その間に俺が剣を構えて肉薄する。


 神聖属性魔法を唱えた。


「————神憑」


 中級神聖魔法〝神憑〟。


 久しぶりに使ったが、上級魔法だと魔力の消費が大きくてね。


 相手の力量を考慮した上で中級に抑える。


 それでも、新たに手に入れたドラゴンスレイヤーが強力なため、俺の攻撃は深々とドラゴンに傷を与えた。


 苦しみもがく。


 もちろん攻撃は止まらない。


 急所を重点的に狙いながら剣を振り、シルフィーの拘束が解けたら同じ戦法を繰り返す。


 相手もさすがに学習してくる。


 魔力の動きを感じ取れるのか、二度目以降は回避するようになった。


 しかし、それを逆手にとって行動を制限する。


 その果てに——割とあっけなくドラゴンは死んだ。




 ▼△▼




「グル……アァ……!」


 ドラゴンが倒れる。


 このダンジョンのボスは恐らくレベル70程度。


 上級ダンジョンのボスより弱いな。


「雑魚が強い代わりにボスはそこまででもない……と」


 面白いコンセプトだな。ある意味では挑みやすかった。


 だが、俺の目的はむしろここから始まる。


 強大なドラゴンを倒したあとでドラゴンスレイヤーを確認した。


 すると、ドラゴンスレイヤーは倒した竜の血を吸い込み赤く光る。


 その輝きは、先ほどまでより強かった。


「ハハ! やっぱり何か効果があるんだな?」


 思わずにやける。


 早く再戦してぇ!


「……ハァ。ヘルメスの悪癖が始まりそうね」


 隣ではシルフィーが盛大にため息を吐いていた。

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