第50話 吸引剤

 ≪ラブリーソーサラー≫第二のイベント『倶利伽羅への貢ぎもの』が始まる。男性のひとりが笛を吹き甲高い音がスタート地点に響き渡ると、参加者のほぼ大半が一斉に声を張り上げて走り出した。


「うぉおおおおおお————!!」


 凄まじい熱量に気圧され一歩出遅れたが構わない。最初からゆっくり歩いて森の奥を目指す予定だったし。


 ガチャガチャとうるさいほどの音を立てながら走る参加者たちを眺めながら、俺は真っ直ぐ森の奥へと歩き出した。草木をかきわけながら森の中に入ると、すでに近くで剣戟の音が聞こえてくる。


「みんな必死だね……」


 まあ無理もないか。


 この祭りはヘルメスが生まれるよりずっと前から行われてきた伝統行事のひとつ。過去に伯爵子息がかなりの大物を仕留めてそれを当時の第二だか第三王女だかに献上し結ばれた話は有名だ。


 本来なら伯爵子息と言えども王族と結婚するのは難しい。難しいというかほぼほぼ不可能に近いレベルでの茨の道だったが、それを成し遂げたことで特に下級貴族の令息たちは必死に魔物を狩る。もちろん貴族家の三男とか家督が継げずに騎士になった者も多く参加している。学園生も俺以外にいるんじゃないかな? 少なくとも令嬢側にはたくさんいた。


 俺としてはただ結果を残したいだけなので誰かに魔物をあげたいという気持ちは一切ないがそれだと場が白けるのは確実。なので魔物を討伐するより討伐した魔物を誰にあげるかのほうが悩ましい。


 まあぶっちゃけ好意ゼロなので、≪ラブリーソーサラー≫に出てくるヒロインとちょっとフラグが立ったっぽいウィクトーリア以外なら誰でもいいか。それこそイベントが始まる前に視線が合ったあの双子の姉妹でもいいわけだしね。


 ……いやむしろ最高じゃないか? 双子だから周りが考えるであろう好意も分割されるし。


「うん、第一の案として保留だな」


 そこまで考えたところで、ふと周りから音があまり聞こえなくなっていた。結構深いところまで来たのか他の参加者たちがあまり深いところまで潜ろうとしなかったのか。どちらにせよもう少し歩いた先で老婆から購入した薬を使って魔物をおびき出すとしよう。


 歩みを続けたまま自然と俺の頬に笑みが浮かんでいた。それを知る者は誰もいない。




 ▼




 森に入っておよそ二十分から三十分ほどの時間が経った。ここまで来るとかすかに聞こえていたほかの参加者たちの立てる音も聞こえなくなった。


 これなら≪吸引剤≫を使っても他の参加者たちの邪魔にはなるまい。


 懐から紫色の液体が入った細長い瓶を取り出す。口を塞いでいたコルクを抜き何の躊躇もなくその液体を自分に振り掛けた。不思議な臭いが周囲に充満する。この臭いは魔物が好む臭いらしい。ゲームだと、使えば魔物の行動範囲が広がりまるで臭いに釣られる虫のようにこちらへ集まってくるのだ。


 ……そう。いまみたいに。


 薬をかけて一分ほど経つと次第に遠くから足音らしきものが聞こえてくる。それも複数。方角は左右。後ろからもやってくる気配がした。そこまで強力なものだとは思ってもいなかったが、ここまで効果があるなら逆に都合がいい。


 せめてレベル40以上の個体が出てくることを祈りながら俺は腰にぶら下げた剣を鞘から抜き放つ。


 ほぼ同時に、茂みから、木々の隙間から多種多様な魔物が姿を現した。全員が鼻息を荒くして俺の下へ殺到する。


「ふはっ。効果絶大だね!」


 まさに虫を呼び寄せる誘蛾灯のごとき現状に思わず笑い声が漏れる。どれもこれもレベル10~20程度の雑魚ばかりだが、イベントはまだ始まったばかり。次々と思考停止で群がる魔物たちを蹴散らしながら血にぬれた顔で俺は叫ぶ。


「もっともっとこいよ! 特に強いやつ!」


 高ぶるテンションに漲るやる気。それを現すかのように、天上の雲海に稲光が走った。




 ▼




 もうどれだけの時間が経ったのか。次から次へと魔物を刻み続けた俺には時間の概念が存在しなかった。一瞬の出来事のように感じるし永遠のような出来事にも感じる。


 ようやく途切れた隙間にため息を漏らし地面に転がる夥しい死体の数と血溜まりを見下ろして思わず愚痴が漏れた。


「雑魚ばっか……これじゃ質より量で押し通すしかないじゃん……」


 ぽつぽつと雨粒が落ちてくる。


 訪れた静寂につまらなそうな顔を浮かべるも事態は一向に好転しない。


 問題は、質より量を選んだ結果これだけの魔物の死体をどうやって令嬢たちの前まで持っていくか。紐で結ぶにも限界はあるし森の中だと障害物が多くて通りにくい。


 いっそ伝承に習って心臓だけ抜き取って持っていくか? それでも十分な労力だし悪くないな。……解体の手間さえなければ。


 そこまで思考を巡らせたところで好機がやってくる。


 やたらデカイ気配が凄まじい速度でこちらへ向かってきた。木々を押し倒し轟音を立てながらそいつは俺の目の前に立つ。


 獅子の顔に蛇の尾。角の生えたヤギの顔が背中に見える巨大な四足獣。血走る眼は、俺を獲物と判断したらしい。徐々に勢いを増す雨の音をかき消すほどの咆哮を響かせ、俺が求め続けた強者が一歩前に出る。


 遅れて俺は瞳を輝かせて言った。




「————みーつけた」

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