第154話 懐かれているもので
ヴィオラ殿下のお願いで、俺は彼女を連れてルナセリア公爵邸へと向かうことになった。
その前に、荷物の一部を持ち帰りたいという俺の提案を受け入れ、なぜかヴィオラと共に男子寮の一角へ。
自室の扉を開けて廊下を通ると、なぜかリビングに————ドラゴンがいた。
「くるぅ?」
「…………」
互いに見つめ合う。
背後でヴィオラが息を呑む声が聞こえた。
彼女はびっくりしてるのだろう。気持ちはよくわかる。いきなり扉を開けたらドラゴンだ、だれだって驚く。
かくいう俺も、現実が直視できなくて驚いている。
まず、真っ先に口にした言葉はこうだった。
「シルフィー……」
あいつ……やりやがったな!
なぜ寮の、俺の部屋にドラゴンがいるのか。そんなの考えればすぐにわかる。
どうせドラゴンが俺について行きたがって、面白がったシルフィーがここまで案内したのだろう。
それもこれだけ早く到着してるってことは、俺が家を出てすぐに出かけたってことになる。
フランはどうした?
今ごろ公爵邸はパニックにでもなっていそうだな……。
「あ、あの……ヘルメスさま? もしかしてこのドラゴンが……」
「……ああ。ウチにきたドラゴンだよ」
背後から投げられたヴィオラの問いに、俺は正直に答えた。
ドラゴンが立ち上がり、メキメキと床板を軋ませながらこちらに近付いてくる。
よく床が抜けないな、とその耐久力に感心していると、ドラゴンが目の前で止まった。
ヴィオラがごくりと生唾を呑む。
俺がドラゴンを見上げると、ドラゴンのほうは、
「くるぅ!」
と嬉しそうに笑って鳴いた。
ぺろりと舌を出し、乱暴に俺の顔を舐める。
ひと舐めで顔がベタベタになった。いますぐ殴りたい衝動を抑えて、ドラゴンの頭を優しく撫でる。
「ったく……なんでここまでやってくるんだか。他の生徒たちによく見られなかったな」
見られていたら確実にパニックになってた。
怒られるのは俺なんだよ? シルフィー、てめぇは許さん。
きょろきょろと彼女の姿を探すと、ソファの近くにはみ出した彼女のお尻を見つける。
そ こ か
バレないように足音を殺してソファのそばに近付くと、勢いよくシルフィーの体を掴んだ。
「ぎゃあああああぁぁぁ————! あ、悪魔が来たあああぁぁ————!」
「だれが悪魔だ」
やってることのエゲつなさはそっちのほうが上だろ。
反省の意味も込めてぎゅうぎゅう握り締める。
「へ、ヘルメスさま? どうかしましたか?」
ドラゴンのそばでひとり対面するヴィオラが、震える声で訊ねる。
おっとっと。彼女の心臓に悪いな。
すぐにヴィオラの前に戻る。
「すみません。ちょっとソファのそばに多きなゴミが落ちてたもので。それを拾ってました」
「誰がゴミよ誰が! ヘルメスがわたしをこき使うからでしょ!」
その分、湯水のごとく金を払って贅沢させただろうが!
ちょっとレベリングしたくらいで怒るなっての。八時間労働は前世じゃ普通だったぞ。
「そ、そうですか……。とりあえず、どうします? 件のドラゴンが目の前にいるのでは、公爵邸へ行く必要がなくなりましたね」
「なくなりましたねぇ……まあ、あれです。これが件のドラゴンです」
「ですね」
なぜ改めて? とヴィオラは首を傾げる。
自室にいる件をうやむやにするためだ。
え? ダメ? ですよねぇ。
「それにしても大きい……わけではありませんね。書物だと建物に入る大きさではないと書かれていましたが」
「俺もびっくりしました。こんな小さい竜がいるなんて。もしかしてどこかの竜の子供だったりして」
あはは、と俺は笑う。つられてヴィオラも笑った。
そして、
「すみませんヘルメスさま、用事ができたのでわたしは帰ります」
逃げようとしたヴィオラの腕を掴む。
「冗談ですって殿下! 子供じゃないので逃げないでください! 親が攻め込んできたりしませんから! たぶん!」
「たぶんって言いました、いま!? ヘルメスさまも解らないんじゃないですか!」
「そりゃあ、いきなりやってきましたからね。情報は皆無です」
「そんな堂々と……そもそもなぜ、ドラゴンがここに? 公爵邸にいたのでは?」
「どうやら俺についてきたらしいです。懐かれているので」
あとシルフィーのこんちくしょうが連れてきました。
街中で迷子になって迷惑を起こさなかったと安堵するべきか、そもそもシルフィーにそそのかされて外に出たことにキレるべきか。悩むところだ。
まあそれは後でじっくり尋問するとして……いまはこの子をどうするべきか考える。
「……たしかに、見たとこ大人しいですし、ヘルメス様にとても懐いているのがわかります。先ほどからずっと舐められてますしね」
「ははは。いい加減にしろって」
さすがに舐めすぎ。俺のこと唾で汚すのやめい!
あまりにもしつこいので、顔に手を添えてぐいっと押し出す。
青いドラゴンは、
「くるぅ……」
と哀しそうな声を上げた。
そんな顔してもダメです。顔舐めは一日一回! 我慢しなさいっての。
「この様子なら、暴れる心配は低そうですね。拘束して王宮の地下牢に入れるという話も出ていましたが、引き離すと逆に暴れそうですし……よし!」
ポン、とヴィオラが自分の中で話をまとめた。
なにか妙案でも思いついたのかな?
彼女を見守っていると、唐突に口を開いて残酷な提案をする。
「これからは、公爵邸から学校へ登校してください、ヘルメスさま」
「え? いいんですか?」
「もちろんです。ドラゴンの監視はルナセリア公爵家にお任せるのが一番でしょう」
そう結論を出すヴィオラ。
体よく押し付けられてないよね? ……ないよね?
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