第155話 おまえも来るんかい

「くるぅっ!」


 自宅へ戻るための馬車の中、ガタガタ揺れる振動が楽しいのか、ぎゅうぎゅう詰めのドラゴンが楽しそうに鳴いた。


 数人の人間が乗っても平気なくらい広い馬車の中は、ドラゴン一匹でかなり窮屈になっていた。俺の手足、膝にドラゴンの一部がぶつかる。


「これからどうするべきなのか、まだ答えは出ていないっていうのに……おまえは気楽だねぇ」


 ふりふりと目の前でドラゴンの青い尻尾が揺れる。


 こちとら王家にお前の監視を任されてめんどくさいのに、ドラゴン側は俺と一緒にいられて嬉しいっぽい。


 なぜここまで懐かれているのか。


 特に該当する理由が思いつかない俺は、ただただドラゴンとの関係に困惑する。


「けどまあ、もしかすると長い付き合いになるかもしれないし、いつまでもドラゴンドラゴンって呼ぶのも味気ないな……わかりやすく名前でも付けるか?」


「くるっ!」


 ふりふり、ぶんぶん。


 ドラゴンの尻尾が猛烈に揺れる。


 馬車の中だというのに風が……危ないからやめてほしい。


「そ、そんなに嬉しかったのか……うーん」


 わりと適当なアイデアだったが、いざ名前を求められると難しいな。


「そもそもお前、雄なの? 雌なの? ちょっと股を開いてみ?」


 自分でかなりゲスいことを言ってる自覚はある。だが、彼女か彼かわからないと名前の方向性がね。


 ツンツン、とドラゴンの足元を靴で突くと、言葉を理解したドラゴンが、——ペシン。


 尻尾で俺の顔を叩いた。


「おいドラゴン、なにをする」


「くるるっ! くるくる!」


 まるで恥ずかしがっているように見えるが、セクハラするなと怒っているようにも見える。


 もう男か女かどちらかわからないので、どちらにでも通用する名前を考えるしかなかった。


「はいはい。お前の股間で興奮できるほど上級者じゃないっての……まあいいか」


 名前ね、名前。


 いくつか脳裏でそれっぽい名前を浮かべてみるが、どうしても犬猫みたいな感じになる。


 もっとこう、複雑でもなんでもなく、咄嗟に思いついた感じの名前が……。


「くるぅ」


「……ふむ。そうだな。シンプルが一番だな」


 決めた。最初からお前の名前はこれしかない。


 そう思って顔を上げると、にやりと笑ってドラゴンの名前を呼んだ。


「今日からお前の名前は、——ククだ」


 どうよこの完璧なセンス。


 鳴き声から取ったしドラゴンも大喜びだろう。


「くるぅ……くる」


「あ?」


 なんだその、「しょうがないな、それで我慢してやるよ」みたいな態度と顔!


 なまじ知能が高すぎてぶっ飛ばしたくなったが、我慢我慢。


 ドラゴンにこんな狭い空間で暴れられたら困る。外に出たら住民たちも恐怖に震えるだろうし。




 ぎりぎりと拳を握りながらも、俺は必死に耐えることにした。


 そのまま自宅に着く頃には、ストレスも霧散する。




 ▼




 結局その日は、ドラゴンの監視を目的に学校を休んだ。


 平日のあいだは外へ出るなとドラゴンことククに命令を出し、次、同じことをやったら丸焼きにするかもしれないな、とシルフィーを脅して、彼女に俺がいないあいだの監視を任せる。




 そんなこんなで数日も立つと、意外とククは大人しくなった。


 元から俺に迷惑をかけるつもりがないのか、名前を付けられて満足したのか、あれ以来、一度も俺の自室から外へ出ようとはしない。


 俺と顔を合わせ、挨拶をし、たまに遊ぶ。それ以外の時間は黙々と外を眺めたり寝ているだけだった。


 手がかからないのは嬉しいが、それだけに妙な不安を感じる。




 そして休日。


 休日は俺にとって特別な意味を持つ日だ。


 学校が休みだからじゃない。学校が休みだから、外へ出てダンジョンにいける日だ。


 準備を整えて、ククに命令を出す。


「これから俺はダンジョンに向かう。シルフィーも連れていくけど大人しく待っているように」


「嫌よ」


「お前には言ってないぞ、シルフィー。お前も来るんだ」


「い~~~~や~~~~!」


 逃げようとするシルフィーを掴み、にっこりと笑みを作って歩き出す。


 すると、後ろからドシンドシン、という足音が聞こえた。


 まさか……と思った俺は振り返る。


 ククが俺を追いかけてきていた。


「クク? どうした。部屋で待っててくれ。夜になったら帰ってくるから」


「くるぅっ。くるくる」


「え? お前も一緒に来たいの!?」


「なんでごく自然にドラゴンと会話してるの?」


 シルフィーのもっともな疑問を無視して、俺の脳裏に困惑が浮かぶ。


 ククを連れていくのはたしかに戦力的にはありだ。ドラゴンは強い。


 だが、ククは少なくとも成体ではなく子供。その場合、正直邪魔になる可能性のほうが高い。


 とはいえ、仮にダンジョン内でククが死ねば、こう言ってはなんだが面倒な監視も終わる。


 ククを率先して殺そうとは思わないが、俺が言いたいのはつまり……ダンジョンに連れていってもデメリットがあまりないように思えるってこと。


 だったら無理やりついてこられる、もしくは暴れられるより、はるかにそっちのほうがいいのかもしれない。


「……いいだろう。お前を一緒にダンジョンへ連れていってやる。それが俺に対するイベントの内容かもしれないしな」


 覚悟を決めてククの頭を撫でる。


 ククは嬉しそうに小さく鳴いた。




 いざ行かん。


 水の上級ダンジョン————〝死なずの海濫かいらん〟へ。

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