第153話 ドラゴンがいた

 朝、第一学園にやってくると、ヒロインたちの話もそこそこに、教室にヴィオラ王女殿下が現れた。


 彼女は俺は別のクラスだ。普段は顔を合わせる機会なんてほとんどないのに、今日はなぜか、彼女がウチのクラスにやって来た。


 珍しい人物の来訪に、クラスメイトたちの視線が自然と吸い込まれる。


 しかし、あまり彼女を見つめ続けると不敬に値するため、ややぎこちなく視線を逸らして友人との雑談に興じるのだった。


 すると彼女は、その様子を見送って教室の中に入る。


 すたすたと俺の前に歩み寄ってくるなり、笑顔のまま言った。


「いま、お時間よろしいでしょうか?」


 王女様からの頼みを断れる人間はいない。そんなことができるのは、同じ王族のみ。


 俺は嫌な予感がしつつも首を縦に振ってから、改めて彼女に挨拶をする。


「おはようございます、ヴィオラ殿下。今日も一輪の花のごとく美しい。あなたのためなら、いくらでもお付き合いしますよ」


「まあまあ! ありがとうございます、ヘルメス様。ですが公の場所以外では、もっと気さくに呼んでください。私たちの仲ではございませんか」


「「「私たちの仲」」」


 アウロラを除く、その場の三人が口を揃えてオウム返しする。


 ちらりと横を見ると、ミネルヴァもウィクトーリアもフレイヤも表情が暗い。暗いっていうか怖い。


「あ、あはは……それより、ご用件を窺っても? なにか大切なお話が?」


「そうですね。ヘルメス様のドラゴンに関するお話、と言えば大切でしょうか?」


「……なるほど。わざわざヴィオラ殿下がやってきた理由がわかったかもしれません」


「ふふ。さすがですね。ちょっとヘルメス様をお借りしますね。廊下に行きましょう」


「喜んで」


 ヴィオラが他の女生徒たちに一言断って、俺と一緒に廊下に出た。


 あまり、


「首都にドラゴンがいます!」


 などとは吹聴できない。あの子がいくら大人しいとはいえ、決して暴れないという保障もないのだから。


「それで、ドラゴンに関するお話とは?」


「せっかちですね、ヘルメスさまは。久しぶりにお話するんですよ? もう少し私に興味を示してもいいのでは? 胸でも触りますか?」


「殺されます、あなたの父君に」


 それはもう国王陛下への反逆だ。恐ろしいこと言わないでほしい。


「私はヘルメス様を愛しているのです。その障害が父、国王陛下だというのなら、父には隠居してもらうしか……」


 こわいこわい。目が本気だよ彼女。


 慌てて話を逸らしてドラゴンに戻す。


「と、とりあえずドラゴンの話を! 授業までもうほとんど時間はありませんし」


「それならご安心ください。今日は王女の特権で授業は免除です。これからルナセリア公爵邸へ向かいます」


「え……? ウチにですか?」


「ええ。どんなドラゴンなのか調べるために向かいます」


「なぜわざわざヴィオラ殿下が……」


 危険すぎる。彼女は王族だ。


 王位継承権はないにも等しい存在だが、それでも高貴な人間に変わりない。


 普通、調査は騎士団とかが担当するんじゃ?


 それにクラウド伯爵たちは……。


「渋るお父様を脅してもぎ取ってきました! ヘルメスさまと会いたい一身です!」


 国王陛下ぁ。


 彼女は行動派すぎる。


 どこの世界に、好きな相手に会いたいがために、ドラゴンのもとへ突撃する女の子がいるんだ。


 逆に感心してしまう。


「そうですか……差し詰め、俺は王女の護衛ってところですかね」


「はい! 他にも護衛の騎士はつきますが、ヘルメスさまとルナセリア公爵がいるなら父も安心だと。血の涙を流して喜んでいました」


「確実に怒ってるやつですねそれ」


 お前なんぞの娘を預けることになるとは、と今ごろブチギレてるに違いない。陛下はそういう人間だ。


「まあ、ひとまず納得しました。ルナセリア公爵邸に向かいましょう。その前に、自室に寄っていいですか? 取りに行きたいものがあるので」


「メイドに任せればいいのでは?」


「今日は彼女は公爵邸のほうにいます。ドラゴンの監視ですね」


 本来は他のメイドたちに任せようと思ったが、俺のメイドのフランになら頼みやすいし、意外と彼女は肝が座ってる。


 いなくても俺の行動には支障がないので、彼女を監視にまわした。


 まず間違いなく、他の使用人たちは嫌がるだろうからね。


「なるほどドラゴンの……わかりました。一緒に行きますね」


「いや別にこなくても……」


「一緒に、行きますね」


「…………はい」


 もう好きにしてください。


 ヴィオラのすべてを無効化する満面の笑みを見て、男子寮だから女性は立ち寄れないよ、とは言えなかった。


 彼女は王族だ。


 その足を本気で止められる者はいない。


 いくら王族でも、男子寮で粗相をすれば罰が与えられるが、そこまで馬鹿なことはしないだろう。


 そういう意味では俺はヴィオラを信用している。彼女は、俺が嫌がることは絶対にしないのだ。昔から。




 共に男子寮の入り口を潜り、俺の自室の前にやってくる。


 ドアノブを捻って扉を開けると、奥のソファの近くに————、




「くるぅ?」


 ドラゴンがいた。

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