第100話 気が早い

 俺ことヘルメスは、【王立第一高等魔法学園】に在籍する1年生だ。


 天才の家系——ルナセリア公爵家の子息であり、剣と魔法、両方の才能を併せ持つ天才といわれている。


 そんな俺が、夏の終わり、秋のはじまりに教師テレシアから告げられた共通イベント——【秋の対校戦】に選ばれるのは、もはや必然であった。


 当たり前すぎて考えてすらいなかった。


 まさか、自分が剣術と魔法どちらに参加するべきかで教師陣が揉めるとは。しかも、それを聞いたクラスメイトたちまで騒ぎだす始末。


 人気者は辛いなぁ、と暢気なことを言ってる暇もなく、最終的にどちらの代表にもなることで話は決まった。


 幸い、秋の対校戦には両方の参加を禁じるルールはない。


 試合も一日におこなわれるのは片方のみ。


 物理的に可能なのであれば、俺としても結果を残すために参加するのはやぶさかではなかった。


 しかし。


 問題はむしろその試合の前といえる。


 気が早い代表に選ばれたクラスメイトの女子が、俺を連れていこうと必死なのだ。


 本来、剣術も魔法も訓練をはじめるのは来週からだというのに。


 左腕をミネルヴァとレアに引っ張られる。右腕をフレイヤに引っ張られる。


 レアとフレイヤはまだ胸が慎ましいからそれほど問題ではない。


 厄介なのは、スタイル抜群のミネルヴァだ。個人的にも彼女は好きなほうなので、むにむにと当たる柔らかな感触が……。




「——ヘルメス? なにか、邪なことを考えていない?」


 びくりっ。


 右側からフレイヤに鋭い問いを投げられる。


 ちらりと彼女のほうへ視線を伸ばすと、鋭利な眼差しが俺の眉間に突き刺さった。慌てて弁明する。


「そ、そんなことないよ? 腕が痛いから、なるべく早く離してほしいなぁって」


「……本当に?」


「ほんとほんと。そもそも二人は気が早すぎる。訓練開始は来週からだよ?」


「そんなこと解ってますわ! しかし、天才は努力を怠らないからこその天才。一週間ほど早く訓練をはじめても問題ないでしょう? 今年は、第二学園にヘルメス様と同じような天才が生まれたと聞きますし」


「俺と……同じ?」


 なんだか非常に聞き捨てならない言葉が聞こえた。フレイヤに向けていた視線が、自然と反対側のミネルヴァに移る。


「ええ。なんでも、剣術と魔法、その両方を使いこなす天才だそうですよ。属性も複数の適性を持つとか」


「へぇ……それは凄い」


 またしても、原作では出てこなかったであろう新キャラクターの登場だ。


 本当にこの世界はどうなっているのやら。


 完全にゲームの世界じゃないとしても、異常なほど知らない要素が出てくる。それはまるで……。


「まあ、ヘルメス公子のほうが才能でいえば上でしょうがね。あなたは全属性の魔法に適性がありますし、剣術も現役の騎士を圧倒するほど。それに……いえ。やっぱりなんでもありませんわ。早く第二訓練場にいきましょう」


 脳裏に浮かんだひとつの疑問。それが形になるまえにミネルヴァの声がかき消す。


 追加でフレイヤも口を開いた。


「ん。いくのは第一訓練場。第二は今度」


「冗談はおよしなさい。どちらがより優先されるべきか、語るのも馬鹿らしいですわ!」


 ギリギリ、ギチギチ。


 止まっていた三人の手に力がはいる。当然、逆方向に腕を引っ張られている俺は、痛みが走るわけで……。


「いたたた。ちょっと痛い、かも。一旦俺の腕を離して落ち着こう! なるべく平等に訓練には出るからさ!」


「……ヘルメスがそういうなら」


「……ヘルメス公子がそういうのでしたら」


 しぶしぶ二人は腕を離してくれた。微妙に痛む腕をさすりながら会話を続ける。


「取り合えず今日のところはじゃんけんで決めよう。勝ったほう優先で」


「む」


「むむ」


「むむむ!」


 フレイヤ、ミネルヴァ、そしてレアの表情が変わる。お互いに顔を突き合わせ、グーを出して睨み合った。


 じゃんけんってそんな殺伐とした状態でやるものだっけ?


 俺の疑問をよそに、三人はじゃんけんをはじめる。




 ……うん? ちょっと待て。




 いまナチュラルにスルーしたが、どうしてレアまでじゃんけんに参加しているんだ!?


 彼女は魔法側だから、代表としてミネルヴァがじゃんけんすればいいだろ!?


 俺が止めようと口をひらく。だが、彼女たちがじゃんけんを終えるほうが早かった。


「ん。私の勝ち」


 勝利のパーを掲げてフレイヤが勝利宣言をする。まさかの一発だ。


 ミネルヴァもレアも、グーを出したまま悔しそうに瞳を伏せる。


「くぅっ! わたくしの勝利のグーが、勝利のグーが!!」


「なんで同じの出すかなぁ! 普通、二人で挑んでるんだから別々のを出せば……!」


「二対一はズルいと思うな」


 平気で反則をするレアに、俺は苦言を述べる。けれど、対戦相手であったフレイヤはとくに気にした様子もなく言った。


「勝ったのは私。パー。だから気にしない。雑魚ふたり。ふふ」


「フレイヤさん!?」


 あのフレイヤが珍しく相手を煽った。


 ぴくりとミネルヴァたちの眉間に青筋が浮かぶ。


 まずい。このままでは喧嘩になる。時間がよりいっそう無駄になる!


 そう思った俺は、急いでフレイヤの手を掴んで教室から逃げ出した。後ろからミネルヴァたちの怒声が聞こえる。


 だが、無視して第一訓練場を目指した。


 隣では、暢気にフレイヤが「これでヘルメスは私の。ラッキー」と呟いていた。


 ぜんぜんラッキーではない。




 ▼




 しばらく廊下を走るように抜けて第一訓練場に到着する。扉をあけて中を覗くと、すでに俺たち以外の生徒が剣を振っていた。


 とことこと中に入ってきた俺たちに、その先客は気付く。


 動かしていた手を止めて振り向くと、俺もフレイヤも彼女の顔に見覚えがあった。頭上に疑問を浮かべながら、その名を同時に呟く。




「「副会長……?」」


———————————————————————

あとがき。


本編100話!

一体いつまで毎日投稿続くかな⁉︎


みんな休んでもいいって言うんでしょう?

だが断る!

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