第101話 副会長からのお願い

「「副会長……?」」


 第一訓練場には、すでに先客がいた。しかも、彼女の顔は俺も見覚えがある人物だった。


 カーラ・フォン・エーデルワイス。


 プラチナ色の長い髪が特徴的な美女。ミステリアスな紫色の瞳が、理知的な感情をのせてこちらに向けられる。


「あら……あなたたちは」


 剣を振る手をとめて、にこりと穏やかな笑みを浮かべて彼女は言った。


「ごきげんよう。学園の有名人、ヘルメス様ではありませんか。それに、お隣はかの名高き剣聖の息女、フレイヤ様ですね」


「お久しぶりです、カーラ副会長」


「あれ? フレイヤは知り合いなの?」


「うん。何度か一緒に剣術の訓練をした仲。彼女は、私より強い」


「へぇ……」


 それは凄い。


 フレイヤは俺に比べればレベルの差で圧倒的に劣るが、それ以外の生徒や相手であればかなり善戦できるほどの才能を持っている。


 順調にレベルさえ上げれば、きっと剣聖グレイルすら超えられる。


 そんな彼女が、現状認める相手が目の前のカーラ副会長ってわけか。


 例にもれず彼女もゲームには登場しない人物だが、その才能はフレイヤにも匹敵する、と。


 ってことは、三年生の剣術代表のひとりはカーラ先輩かな。


「ふふ。フレイヤ様に褒められると素直に嬉しいですね。ですが、わたくしはまだまだ発展途上。フレイヤ様も発展途上。二年早く生まれたわたくしが、たまたまフレイヤ様に勝っただけで純粋な強さだけを測ることはできません。……なんてね。ありがとうございます、フレイヤ様」


 清楚な笑みが眩しい先輩だなぁ。話し方もゆっくりで落ち着いてるし、声も透き通るようだ。


 まさに貴族令嬢って感じがする。


「それで……お二人はどうしたんですか。放課後にこんな所に足を運ぶだなんて」


「副会長と理由は同じだと思う」


「というと……あなた方も訓練を? やはり代表に選ばれたのはフレイヤ様でしたか」


「ん。私とヘルメスが代表。もうひとりは知らない」


「さすがですね。それにしても、ヘルメス様も剣術でしたか。てっきり、私は魔法のほうで選ばれるのかと思っていました」


「正解。魔法の代表でもある」


 フレイヤがさらっとネタバラし。


 カーラ副会長がぴたりと動きを止める。表情に強い疑問の色が見えた。


「……え? それは一体……どういうことですか?」


「簡単。ヘルメスは、剣術と魔法の両方の代表として試合に出る」


「……」


 もはやカーラ副会長は言葉を失った。口をわずかにあけて俺を凝視する。


 なぜか俺のほうは気まずくなった。視線を逸らして答える。


「ど、どうやら……そうみたいです。できるだけ頑張って優勝を勝ち取りますね」


 謙虚に見えた自信まんまんな言葉を告げる。


 それを聞いたカーラ副会長は、意識を現実に戻して言った。


「な、なるほど……。ヘルメス様の噂は3年の教室にまで響くほど。その才能が片方でしか発揮されないというのは、文字どおり宝の持ち腐れ。初めて聞きましたが、ヘルメス様であれば納得しちゃいますね」


「ん。ヘルメスは最強。だからこそ、今日はヘルメスに協力してもらう。私も、試合では結果を残したい。具体的には、ヘルメスの足を引っ張らない程度に」


「あー……そう言えば、第二学園の新入生に剣と魔法の両方が使える天才がいるとか。そのせいで第二学園が今年こそは優勝する、と張り切っているらしいですわね」


 先ほどミネルヴァが言っていた話と同じだ。そんなに有名なのか、その新入生とやらは。


 となると、対校戦であたる可能性があるな。正直、かなり楽しみだ。


「その通り。ヘルメスが出るまでもない。私がその天才を倒してみせる」


「でも、魔法が使えるなら魔法側で出場するのでは?」


「……たしかに」


「そこまで考えてなかったんだね……」


 しまった、と言わんばかりにショックを受けるフレイヤ。


 彼女は地頭はいいが、ちょっと早とちりする癖がある。思い込みが激しいと言えばいいのかな?


 可愛いけど、残念だったね。


 この世界では剣術より魔法のほうが優先される。


 カーラ副会長の言うとおり、その天才新入生とやらはたぶん、魔法側で出場するだろうね。


 ぽんぽん、とフレイヤの背中を優しく叩く。


 すると、フレイヤはそれでもやる気を見せた。


「へ、平気! だれが相手だろうと必ずたおす! 優勝するのは第一学園!」


「そうですわね。わたくしたち3年も頑張りますわ。……なので、ひとつ、ヘルメス様にご協力を」


「え? 俺に?」


 急に話の矛先が俺に向いた。


 母性すら感じさせる柔らかな瞳が、真っ直ぐにこちらに注がれる。


 囁くように、謳うように彼女は言った。




「どうか一手、わたくしと試合をしてくださらない?」

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