第102話 強すぎるがゆえに

「どうか一手、わたくしと試合をしてくださらない?」


 笑みを携えてカーラ副会長は言った。


 俺は首を傾げる。


「俺と……カーラ副会長が?」


「ええ。最近はあまりまともな訓練ができていません。ここでヘルメス様と戦えれば、錆も落ちるかと思いまして」


「あはは……。俺は錆落としの役ですか」


「申し訳ございません。ただ、ヘルメス様と戦えるチャンスは貴重ですから。どうか、わたくしに胸をお貸ししていただけませんか?」


「面白そう。私も、久しぶりにヘルメスの実力を見たい」


「フレイヤまで……」


 やれやれ。人気者だね。でも、こちらとしてもカーラ副会長と戦うのはなかなかに得がたい経験だ。


 俺の実力はすでにこの世界でも最高峰といえるものだが、現役の3年生相手にどれほど通用するのか……。


 一度見ておくのも悪くないだろう。打算ありの答えが出る。


「いいですよ。わかりました。やりましょう」


「ありがとうございます! ヘルメス様!」


 花開くように笑うカーラ副会長。ものすごい美人でちょっと照れる。


「では、フレイヤ様。お手数ですが、木剣の準備をお願いしてもいいですか?」


「任された」


 快くフレイヤは用具室へ向かう。


 俺とカーラ副会長は模擬戦用の中央エリア内に入り、互いに集中するための時間が過ぎた。


 すぐにフレイヤが木剣を持ってきてくれたので、それを手にする。


「ルールは簡単です。秋の対校戦と同じく、武器を手放すか降参、もしくはエリアからの場外で勝敗といたしましょう」


「異存ありません」


 そう言って俺は剣を構える。


 カーラ副会長も同じように中段で剣を構えた。


 フレイヤがエリアの外外から声を投げる。


「勝負……開始!」


「いきますっ!」


 先手はカーラ副会長。地面を蹴って素早く俺に肉薄する。


 いい動きだ。少なくともレベル20以上はある。


 しなるように腕を振るい、彼女は果敢に攻めた。


 カンカン、と互いの木剣がぶつかり合って音を奏でる。


 筋力も悪くない。反応速度も上々。速度に秀でたフレイヤとは違い、彼女は万能型だ。すべての動きが極めて高い。


 ——学生レベルにおいては、ね。


 すでに圧倒的なレベルに達しつつある俺にとって、攻撃は軽く、動きも遅く、反応も鈍い。


 すべてにおいて俺が勝っている。もはや負ける要素はいまのところ微塵もなかった。


 その証拠に、攻めているのはカーラ副会長だが、その攻撃のすべてを俺は完璧に防いでいる。


 一撃たりとも彼女の攻撃は届かない。


「ッ! さすがに、簡単には崩れませんね。天才と呼ばれるだけはあります」


「どうも。カーラ副会長も素晴らしい動きですね。フレイヤに勝ったという話も頷ける」


 それだけに、想定の範囲を逸脱しない。所詮はこんなもの。


 ゲームの常識ならもっといい勝負になっただろうが、レベリングしまくったいまの俺はゲームだと後半くらいに強い。


 先輩が積み上げた3年間すら余裕で凌駕できるほどに。


 カンカンカン、と何度も木剣が音を鳴らす。近付いては遠退いて、ステップを利用して回り込む。


 手札を変え、緩急をつけて攻撃を続けるが、やはりどれも俺の肌には届かない。


 あっけなく防がれ、また繰り返す。


 そろそろカーラ副会長の息が上がってきた。走り回って、木剣を振るい続けて限界も近い。


 逆に俺は、あえて防御のみに集中することで体力を大きく温存していた。


 まだまだ余裕がある。


「くっ! まさかこれほどまでに実力差があるとは……。打ち込んでこないのは、わたくしへの配慮ですか?」


「わかります?」


「それはもう。明らかに打ち込もうとして躊躇する場面が見られましたから」


 実はそうなんだ。


 俺が攻撃しないのは、決してカーラ副会長を舐めているからではない。


 むしろ、カーラ副会長がちゃんと強いからこそ、下手に反撃して怪我を負わせたくない。


 俺のレベルと彼女のレベルを考えるに、最悪の場合、彼女を殺してしまうから。


 それだけ隔絶した力の差が俺たちのあいだにはあった。彼女の防御を掻い潜って攻撃するのは不可能に近い。


 ——ならば。


 あえて、俺はゆっくりと彼女の攻撃にあわせて剣を振る。当然、慌ててカーラ副会長は防御に回るが——。


「きゃっ——!?」


 甲高い音を立てて、カーラ副会長が吹っ飛ぶ。


 STRの差が大きすぎると、防御してもダメージが入ってしまうのだ。


 もちろん、直撃するのに比べればダメージは激減するがゼロではない。


 凄まじい反動を受けてカーラ副会長が後方へ転がる。木剣も彼女の手を離れ、はるか後方へ落ちた。


 防御しただけなのに、そのままエリアアウトを決めて決着がつく。


「——勝負あり。カーラ副会長は場外。勝者ヘルメス」


 無慈悲にフレイヤが勝敗を告げる。むくりと起き上がったカーラ副会長。


 痺れる手をさすりながら笑った。


「いたたた……。素晴らしい攻撃でしたね。あんな威力の一撃を喰らっては、怪我では済まないところでした。ヘルメス様の配慮に深く感謝します」


「いえ。カーラ副会長ならいずれ俺にも追いつけますよ。強くなることを諦めなければ」


「そう……ですかね。考えておきます」


 そう言うと彼女は立ち上がって落ちた木剣を拾いにいく。


 その前に一瞬だけ見えた彼女の表情に、どこか曇りのようなものが見えた気がした。


 一瞬だけだったから、見間違いかもしれないが。


「すごかった。じゃあ、次は私ね」


「——え?」


 フレイヤが唐突におかしなことを言う。


「え? じゃない。私も訓練しに来た。訓練には、強い人と戦うのが一番。だから、相手して、ヘルメス」


「戦ったばかりなんだけど……俺」


「疲れてないでしょ」


「疲れてないけどさ」


「じゃあお願い」


「……まあ、いいけどね」


 俺の手加減の訓練にもなるし、拒否する理由はない。だが、もう少しだけ俺に優しくしてほしいと思った。


 しかし。


 キラキラと瞳を輝かせるフレイヤ。彼女のそんな顔を見たら……なにも言えなくなってしまう。


 審判を交代し、今度はフレイヤと刃を交える。


———————————————————————

あとがき。


本当にギフトありがとうございます!

どんどん毎日更新!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る