第99話 俺で争わないで!

「りょ、両方に、出る……?」


 教師テレシアが、【その手があったか……!】と言わんばかりに顔色を変えた。


 俺は首を傾げる。


「両方に出るのはダメなんじゃ?」


「そんな規則はない。ただ、これまで両方に選ばれた人がいなかっただけ」


「そうなんですか、先生?」


 一番ルールに詳しいであろう教師テレシアへ視線を移す。彼女は俺の疑問に首を縦に振って答えた。


「フレイヤさんの言うとおり。秋に行われる対校戦は、学年ごとに三名の代表を決めるというもの。そこに明確な指定はないわ」


「ということは……」


 ちらりとウィクトーリアの目がこちらに向けられる。他のクラスメイトたちの視線までがっつり俺に向いた。


「ええ。ヘルメスくんは剣術も魔法も完璧。代表になる資格はどちらもあるわ。決まりね! ヘルメスくんを両方の代表として登録しましょう!」


 教師テレシアは、両手をパン! と鳴らして言った。


 そんな簡単に決めていいのかと俺は狼狽える。


「ん。最高。これでヘルメスと一緒に出られる。また、一緒に訓練できるね」


 ジーっとフレイヤが俺を見つめている。なんとも言えない表情で苦笑した。


「魔法の代表でもあるなら、わたくしと同じチームですね。歓迎しますわ、ヘルメス公子。あなたなら、決してわたくしの足を引っ張らないと信じていますよ?」


 ミネルヴァも「おほほ」と笑って俺を受け入れてくれる。が、そこへレアが突っ込みを入れた。


「普通に考えて、ミネルヴァ様のほうが足を引っ張りそうだけどねぇ」


「レアさん!? なにか言いまして!?」


「なにも~? ただ、一番魔法の適性が低いのは、たぶんミネルヴァ様だし……」


「適性だけがすべてではありませんわ! その使い方、戦い方にも大事な要素が……」


「そうだねぇ。たしかに第四学園の中等部では、二属性の使い手が有名だし。……って、その子、ヘルメスくんの妹ちゃんだっけ」


「あー……うん。そうだね。俺の妹だね」


 第四はルナセリア公爵領にある学園だ。間違いない。


「さすがルナセリア公爵家~。みんなすごい才能の持ち主だよねぇ。卒業生の中には、三年連続で剣術の代表に選ばれたエリス様もいるし」


「あー……うん」


 俺の姉の話ね。妹のほうはともかく、姉はダメだ。


 あの人、第一を含めたすべての学園から要注意人物というレッテルを貼られている。


 なまじ手加減が苦手すぎて、前に対校戦で相手の生徒を半殺しにしかけたからな……。


 一時は出場禁止の話も上がったくらいヤバい人だ。いい人なんだけどね、性格は。俺からしたら。うん。


「なんだか微妙な顔してるよ、ヘルメスくん」


「気にしないでくれ……。レアが博識でびっくりしたんだ」


「それってちょっと馬鹿にされてるんじゃ……」


「そんなことより! わたくしとの話が終わってませんわ、レアさん! いいですか、わたくしはですね……!」


「うんうん、すごいすごい」


「まだなにも言ってません!」


 ぎゃーぎゃーと教室内で騒ぐふたり。俺は俺でややブルーな気持ちになった。


 片や教師テレシアは、このことをすぐに他の職員たちに伝えなきゃ! と言って教室を出ていった。


 わりと自由な校風。それが第一です。


 次第に集まってきたヒロインたちに、拍手喝采の賞賛を浴びるのだった。




 ——しかし、その日の放課後。


 新たな問題が発生する。




 ▼




「…………」


 重苦しい空気が流れる。


 時刻は夕方。


 授業が終わったあとで、フレイヤとミネルヴァ、レアが俺の前に集まった。集まった理由は……。


「対校戦に向けて、ヘルメスは私と一緒に訓練する。これは決定事項」


「勝手に変なこと言わないでくれますか、フレイヤさん。我々のほうが優先されるべきだと思いますわ」


「ミネルヴァ様のいう通りだねぇ。魔法のほうがきっと期待されてるって」


「それは偏見。剣術も見直されてきてる。ここでヘルメスに頑張ってもらえば、きっともっとみんな頑張る」


「どんな理屈ですか! そもそも剣術ならもう十分でしょう? 現役の騎士だってヘルメス公子には勝てないのですから」


「それを言うなら魔法のほうが十分。ヘルメスは強い。はい、終わり」


 最終的に無理やり話を終わらせたフレイヤに手を引っ張られる。


 だが、それをミネルヴァが止めた。


「お待ちなさい! 魔法は奥が深いのです! 剣を振るうだけの剣術とは違います!」


「そうだそうだ~。ヘルメスくんを独占するのは反対だ~。でもミネルヴァ様ってあんまり魔法の練習とかしてないよね? 本気でそう思ってる?」


「レアさん!? わたくしたちは仲間ですわよね!? 急に後ろから刺さないでください!」


「ごめんごめん。ちょっと不思議だなぁ、と」


「ですから刺さないでください。あとで謝りますから! いまは協力して!」


 話は揉めに揉めた。


 なぜこんなに揉めているかというと、対校戦まえの練習に関してだ。


 テスト勉強や試合まえの部活動みたいに、代表生徒はそれぞれ集まって訓練するのが恒例。


 正式に集まるのは来週からだが、気の早い彼女たちは今日から俺を引っ張って訓練に励むらしい。


 だが、俺は剣術にも魔法にも出ることが先ほど正式に決まった。なので、どちらを優先して練習するかで揉めている。


 左右の手を美少女たちに引っ張られる姿は、クラスメイトたち(男性)から、嫉妬の視線が……。あと、普通に腕が痛い。


 たまに片方に力が偏ると、彼女たちの胸元に手が当たるし……。


 ちょっと冷静になろうか、二人とも! ありがとうございます!!


 注意しようにも、男の性はなかなか彼女たちを止めることができなかった。おかげで、そのままの状態が30分も続く。


 終わる頃には、腕が少しだけ痛くなっていた。

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