第128話 おまえかーい

 【秋の対抗戦】、魔法部門の試合がすべて終了する。


 決勝を制し、見事七つの学園の頂点に君臨したのは、ある意味で順当と言える第一学園だった。


 特に天才ヘルメスと天才ニュクスの試合は、これまでの他の生徒たちのイメージを遙かに凌駕するものだった。


 試合を見ていた教師たちも絶句する。彼女たちは自分たちより強いのではないか、と。


 中でもヘルメスは圧倒的すぎる。教師が束になっても勝てないと思わせる圧と実力、才能の片鱗を見せた。


 まるで王国最強の剣聖グレイル・フォン・ウィンターにも匹敵すると。


 しかし彼らは、それはありえないと首を横に振る。


 片や40を過ぎた男性。


 片やまだ15歳の少年。


 どちらがより強いかなど、考えるまでもない。


 それでもそう感じさせるほどの試合内容に、誰もが口々に畏敬の念を感じた。


 これが天才一族の中でも飛び切りの神童と謳われる存在か、と。




「いやー……凄かったね、いまの試合」


 控えからも消えたヘルメスたちを見送って、後ろの席で茶髪の青年がそう感想を漏らした。


 隣に座る女子生徒が、その言葉にくすりと笑う。


「当然じゃない。我が校が誇る最高の天才よ? きっとヘルメス様に勝てる人なんて誰もいないわ」


「えー? なにその反応。君ってもしかして、ヘルメス様のことが好きなの?」


「そりゃあ、ねぇ? 女性でヘルメス様のことが嫌いな人なんて居ないわ。あの絶世の美貌の前には、どんな女性もイチコロよ」


「傷付く~……。僕は君のことこんなに好きなのに」


「ふふ。安心してちょうだい。この好きっていう気持ちは純粋な好意よ。尊敬とか、そういうね」


「そうなの?」


 ぱちぱちと男が何度も瞬きした。


 信じられない、と言わんばかりに。


「ええ。だってヘルメス様は公爵子息。最底辺の男爵令嬢である私にはあまりにも遠い存在。付き合えるだなんて微塵も思ってないわ」


「そ、そっか……それを聞いて安心したよ」


「もう。可愛いんだから。ほとんど平民みたいなものなのよ? 男爵令嬢も。だから、私はあなたがいい。平民でありながら特待生として入学を許された、特別で面白くて、普通のあなたがね」


「なんだか褒められているようには聞こえないなぁ……」


「気のせいよ。それよりそろそろ会場から出ましょう。少しだけお茶していかない?」


「うん。いいね。行こうか」


 席を立つ二人。


 賑やかな雰囲気を増していく他の生徒たちを横目に、すたすたと第二訓練場から出ていく。


 最後に、男爵令嬢の彼女は言った。


「あ。そこ、ちょっと段差があるから気をつけてね、——アトラスくん」




 ▼




 第二訓練場から移動した俺とミネルヴァ、レアは、ラウンジの一角を借りてグラスを掲げる。


「それじゃあ……魔法の部、優勝お疲れ様でした! 乾杯!」


「乾杯!」


「かんぱーい!」


 からんからん、とミネルヴァ、レアのグラスがぶつかる。


 現在、俺たち三人はひっそりとラウンジ内で祝勝会を行っていた。


 俺は明日も剣術の部で試合があるのだが、ミネルヴァとレアがしたそうに見えたので開催する。


 まあ、連日とはいえ俺はほとんど何もしてないからな。


 最後だけ優勝を掻っ攫っただけでまったく疲れていない。


 最後も動かずに勝利したし。


 そんなこんなで、並べられた料理を食べながら談笑する。


「あーあ。本当にもう終わっちゃったんだよねぇ、【秋の対校戦】」


「なに言ってるんですか、レアさん。終わったのはあくまで魔法の部。明日はヘルメス公子が剣術の部で出場なさるのですから、我々は応援しますわよ、しっかりと」


「うー、わかってるよそれくらい。でも誰かと競い合うのは楽しかったから、終わるのがショックなんだ」


 テーブルに顎を乗せるというなんとも貴族らしくない行動に、しかし今日だけはミネルヴァも目を瞑った。


 うな垂れる彼女の気持ちがわかるのだろう。こくりとミネルヴァも頷く。


「言わんとすることはわかります。わたくしも今日はとても楽しかったので、終わると思うと名残惜しいですわ」


「だよねだよね~。でも、剣術のほうもあるししょうがないか~。ダメだよ、ミネルヴァさん。いつまでも魔法のことばかり気にしちゃ。明日はヘルメスくんが試合に出るんだから」


「……それ、先ほどわたくしが言った言葉ですよね? 吹き飛ばしますわよ、レアさん」


「じょ、冗談に決まってるじゃん……や、やだなぁ、ミネルヴァさんは過激で。ね! ヘルメスくん」


「そこで俺に話題を振るのか……。まあ、ミネルヴァが正しいな。一度くらい吹き飛ぶ経験も楽しいんじゃないか?」


「すでにここ最近で二度も転ばされてますが?」


「そうだったね」


 くすくすとくだらない話題で盛り上がる。


 こういう戦いのあとのまったりとした空気はわりと好きだ。


 たまにはのんびり休むのも悪くない。


 ——と、ほのぼのとした空気を楽しんでいると、そこで勢いよくラウンジ内の扉が開かれる。


 今日は俺たちの貸切のはずだが……。


 そう思って入り口付近へ視線を伸ばす。すると、実に見覚えのある女生徒が立っていた。


 彼女は叫ぶ。




「ルキナが駆けつけましたよ! お兄様!」


 おまえかーい。


———————————————————————

あとがき。


限定近況ノートに、『エリス番外編』を投稿しました。

今後も継続的に投稿したいと思っております!

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