第115話 大きすぎる背中
ニュクスとの本番前の試合。
最初は相手の力量を見るために彼女の攻撃をただ防いでいたが、それも五分、十分と過ぎると完全に見切れるようになった。
恐らく根本的にかなりレベル差があるのだろう。熟練度なども中途半端に伸ばしているのがわかる。
その結果、あらゆる要素で彼女を上回る俺のほうが強いのは明白だ。
かと言って腕力でゴリラするわけにもいかないので、ド至近距離で剣を重ねた際に、ニュクスの隙だらけの足を払って勝負を終わらせた。
——え? 剣術勝負なのに足を使うのはズルいって?
いやいやいやいや。なにを言ってるんだか。剣術試験が剣術のみの試合だったらクソゲーじゃん。殴る蹴るも使ってこその戦いだよ。
たぶん。きっと許されるはず。
その証拠に、こちらを見上げるニュクスの表情に怒りや憂いはない。ただただ驚愕と畏怖によって染められていた。
ちらりと周りを見ると、レアやアリアン、フレイヤたちも同じ顔をしていた。ルール違反を咎める表情ではなく、「あんなあっさりと?」みたいな顔で俺を見つめている。
そのことにホッと胸を撫で下ろしてから木剣も下ろした。
にこりと笑みを浮かべてニュクスに告げる。
「これで俺の勝ちかな? ごめんね、少しだけしらける決着のつけ方で。用事あるから、そろそろ行かないと」
踵を返して木剣をフレイヤに返す。
ニュクスの友人でもあるアリアンに、「それじゃあまた本番で」と伝えて俺はその場から立ち去っていった。
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スタスタとヘルメスがその場から立ち去っていく。
その背中を見つめたあと、アリアンは神妙な面持ちでニュクスに声をかけた。
「……どうだった、ニュクス。第一学園の天才は」
「…………」
ニュクスはすぐには答えなかった。ジッとヘルメスが消えたほうへ視線を向けたまま無言でいる。
しばしの時間が流れ、ようやくニュクスの口が動く。
「——強かった。とても……強かった」
「……そっか。そうだね。あれは強いね~」
普段の様子に戻ったアリアン。半ば空気を柔らかくするために語尾を伸ばして続ける。
「まさに英雄と呼ばれるに相応しい実力だ。まさかニュクスがあんな簡単に負けるなんて思ってもみなかったよ」
「私も……自分が敵わない相手は初めてだった。倒れるまで自分がなにをされたのか理解できなかった。強い。ステータスだけじゃなく、あらゆる要素で強い。隙がなく、隙を突き、最後まで圧倒された……」
かすかに震える手をニュクスは握りしめる。
それは悔しいという気持ちだろうか? 生まれて初めて味わう挫折のような感情に、ニュクスの理解が追いつかない。
ただ……これで終わりじゃなかった。
「でも」
「うん」
「まだ負けたわけじゃない」
「うん」
「私には本番が残っている。本番でさえ勝てば、今日の負けはチャラ。むしろ、本番でこそヘルメス様を超える価値がある」
「ニュクスは前向きだねぇ。そういう性格いいと思うよ」
アリアンは昔からニュクスとずっと一緒に行動してきた。
一瞬だけ、幼馴染と言える彼女の心が折れたらどうしようかと思ったが、その心配は杞憂である。
ちらりと覗くニュクスの瞳には、ありありと闘志が宿っていた。
この調子なら本番までに完璧な調整ができるだろう。ヘルメスがそうであったように、今回、ニュクスもまた本気を出していない。本来はもっと速度を活かしたスタイルだ。
そういう意味では、お互いに相手の腹を探り合ったことになる。一枚上手だったのはヘルメスだが、二度目もそう簡単に勝てるとは思わないでほしい。
——なんて、アリアンは冗談っぽく内心で呟いた。
「じゃあ、ニュクスがボコボコにされた対策でも考えようか。用事も終わったし、宿泊予定の宿でね」
「ボコボコにはされてない……。いい勝負だった」
「えー!? うそー!? 足をかけられて負けたくせに、自分が奮戦したとでも言うんですかぁ?」
「アリアンうるさい」
「——ちょ!? 危ないから剣を持ち出さないで————!」
木剣ではなく真剣を抜くニュクスに、血相を変えて逃げるアリアン。
そんな二人を見送るレアとフレイヤは、どちらも同じ感想を胸に抱いていた。
「……なんか、さ。魔法じゃないけど凄かったね。ヘルメス様って」
「ん。同意。あれほどの高みは父以外で見たことがない。違う方向性で強い人は知ってるけど、ヘルメスは技術もある。わざと相手を傷つけないように配慮していた」
「それがわかる時点でフレイヤ様も相当だと思うよ? 僕にはサッパリだからね、そういうの」
へらへらと笑って、レアもまた踵を返して校舎へ向かった。フレイヤはフレイヤで別の方向に足を向ける。
そんな二人のもとに、最後にアリアンが叫んだ。
「——あ! レアさんもフレイヤ様もまたねー!」
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