第163話 くまぁ!

 俺が放った火属性魔法が、雪男に吸い込まれるように炸裂する。


 雪男の推定レベルはおよそ55。


 いまの俺のレベルが60ちょっとだから、少なくともお互いのレベル差は5以上になる。


 そこに、実はINTを上昇させる効果のある妖精魔法の強化バフが加わり、上級魔法を覚えたことでさらに伸びたINTが、脅威的な威力を雪男に叩き込む。


 その威力は、思わず二メートルを優に超す雪男の体が、粉々に爆散するほどのものだった。


 ぱらぱらと周囲に飛び散る肉片らしきもの。魔法が着弾した場所は真っ黒に焼け焦げ、あまりの火力に血の一滴すら流れてはいなかった。


 完全なる過剰火力オーバーキルだ。


 ちらりと後ろを振り向くと、先ほどの無慈悲なる一撃を叩き込んだシーンを見た二匹が、若干顔を青ざめさせていた。


「す、凄い火力が出たねぇ。これもシルフィーと契約したことによる恩恵かな?」


「サラッと私を巻き込まないでくれるかしら? アレは間違いなく、あなたがやりすぎた結果よ。受け入れてちょうだい」


「ですよねぇ」


 言ってみただけだ。やっぱりシルフィーは冷たく俺を突き放す。


 妖精魔法による強化なんて、他の強化に比べれば微々たるもの。シルフィー曰く、「他の妖精と契約を交わすことができたら、もっとステータスとやらは伸びるはずよ」とのこと。


 本当かどうかは解らない。


 なんせ妖精魔法というシステム自体、俺が知るラブリーソーサラーにはなかったものだ。


 自分が続編の主人公と知ったいま、妖精魔法のシステムが続編から出てくるものだと解る。


 きっとアトラスくんも知らないんだろうなぁ……訊き忘れていたし、今度会ったら訊いてみよう。




 塵のようになった雪男の死体にくへんを跨ぎ、俺とシルフィーとククはさらにダンジョンの奥を目指す。


 正直、雪男はクソうざいがまだまだ永久凍土の序の口に過ぎない。本当に本当に本当にムカつく野郎はもっと奥にいる。


 いや、雪男も十分にムカつくし、中盤を過ぎるとアイツ、大量に出てくるんだよなぁ滅びろ。


 思い出すだけで嫌な記憶ばかりが脳裏を過ぎる。このダンジョンには生前で腹立つことが多すぎた。


 サクサクと雪道を歩いて坂を上る。途中、足場の狭い崖とかあってマジで恐ろしい。


 生前の俺は高所恐怖症だったから余計にそう感じる。この異世界にヘルメスとして転生してからはかなりまともにはなったが。


 恐らく、別人になった影響かな? それとも、ヘルメスの圧倒的なステータスが安心感を与えるのか。


 個人的には後者だと思ってる。


 トラウマやその手の恐怖症は、体ではなく心——いしきの問題だと思っているからだ。


 それはヘルメスになろうと、記憶と人格を引き継いだ俺には変わらない。


 だから、きっと俺が高い所を平気になったのは、たとえ落ちても問題ないと解っているから。


 ゆえに、このダンジョンの崖は普通に怖い。だって、落ちたら確実に死ぬからね。


 足が高く積もった雪の中に埋まってなかったら、もしかしたら恐怖で震えて足を滑らせていたかもしれない。


 そう思うと、途端に肩まで震えてくる。


「ちょっとヘルメス、落ち着きなさいよ。たしかにこの高さは最悪だけど、怖がってるほうが落ちるわよ」


「シルフィーは妖精で浮けるし、落ちても物理的ダメージ0だからいいよね!? 俺は飛べないし落ちたら死ぬんだよ!?」


「あなたも飛べばいいじゃない……風属性魔法が使えるんだから」


「風属性魔法?」


 それってもしかして、前にセラに教えた加速の方法のときみたいに、自分に風を撃ち込んで飛ばすアレか?


 シルフィーはそれを見たわけじゃないから、それとは別の方法なんだろうけど……なるほど。


 たしかにそういう手段があるなら、不思議と恐怖感も薄れたいく。


 死なないってだけでだいぶ気が楽になったな。


「妙案だね、シルフィー。もしもの時は体が固まる可能性もあるから、シルフィーが魔法で風を操ってくれないかな? 魔法の操作なら圧倒的にシルフィーのほうが上だからね」


「任せなさい! ……っていうか、そもそも、ククに乗せてもらえばすぐにでも上に行けるんじゃ……」


「あ」


「きゅる」


 俺もククも同時にお互いを見つめる。


 同時に、「その発想はなかったわ~」とため息をついた。


 けど、ククは俺より大きいくらいでそこまでデカくない。正直、俺をひとり運んで飛べるかと言われると不安が残る。


「うーん……悪くない発想だけど、ククには無理じゃないかな? それで落ちたら本当に困るし、ダンジョン攻略はこれまでどおり徒歩で乗り越えたほうがよさそうだね」


「ふーん。まあ、そう言われるとそうね。しょうがないから、落ちそうになったら魔法で助けてあげるわよ」


「助かるよ」


 自信満々のシルフィーにお礼を言って、俺はさらにダンジョンの奥へと進んだ。


 やがて、山の天辺が見えてくる。


 相変わらずまだまだステージは広がっているが、ようやく水平の道。それだけでも少しホッとした。


 次いで、広々とした空間に、雪男のさらに倍くらいありそうな巨大で可愛いが現れる。




 アレが、このダンジョン、永久凍土の中ボスだ。

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