第77話 肝を試す気がないやんけ

 月日は過ぎて、ウィクトーリアと約束した≪肝試し≫の夜がやってくる。


 笑顔の父に見送られ、メイドのフランを連れて王立第一高等魔法学園へと訪れた。


 すでにウィクトーリアを含むほとんどメンバーが揃っているっぽい。


 続々と俺の姿を視界に捉えた女子生徒たちがこちらにやってくる。


「こんばんは、ヘルメス様。本日は来ていただきありがとうございます」


 まずはウィクトーリアが笑顔でそう言った。


 無難な返事を返すと、次から次へとひっきりなしに声をかけられる。


「あら、こんばんはヘルメス公子。今日はいい夜ね。月が綺麗だわ。ふふ……。会えて嬉しいわよ? なんてね」


「やっほ~! ヘルメスくん! 夏休みは快適に過ごせているかな? 僕は魔法の勉強ばっかでさすがに疲れたよ~。だから、今日はヘルメスくんがいるって聞いて参加したんだ! ヘルメスくんってば、僕がお茶に招待しても忙しいって来てくれないし……」


「……こんばんは。セラと訓練したって聞いた。今度は、私」


「その節はお世話になりました。また、今度は三人で仲良く鍛錬しましょう!」


「ダンジョン以来ですねヘルメス様っ。こここ、こ、こんばんは! 我……じゃなくて、私も嬉しいですっ!」


「ふふ。ヘルメス様まで来てくれたなら、長年ナゾだった幽霊の正体も判明するかしら? 楽しみですね」


 ミネルヴァ・フォン・サンライト。


 レア・レインテーナ。


 フレイヤ・フォン・ウィンター。


 セラ・クリサンセマム。


 アルテミス・フォン・アスター。


 アウロラ・フォン・クラウドの順番で、彼女たちの姦しい声が耳に届く。


 各々が好き勝ってに喋るため、ぜんぜんうまく聞き取れない。


 生憎と俺は聖徳太子じゃないんだが?


 もういっそのことまとめて彼女たちに返事を返す。


「みんな、こんばんは。あ、会えて嬉しいよ……?」


 どんな内容でもおそらく捌くことのできる最強の言葉だ。


 またしてもぎゃあぎゃあと会話を続ける彼女たちを横目に、俺の隣に追加で二人の女性が姿を見せる。


 その子たちを見て、俺は目を見開いた。


「こ、こんばんは、こんばんは」


「フロセルピアとフェローニア、です」


「……君たちは、たしか狩猟祭の時に魔物をあげた……ローズ子爵家のご令嬢か!」


「あの時は、あの時はありがとうございました」


「とっても、とっても嬉しかったです……」


 赤髪の少女……たしかフェローニアと名乗っていた少女と、緑髪の少女フロセルピアは、揃って頭をぺこりと下げた。


 今日も今日とて貴族令嬢らしからぬ服装に驚きながらも、そのことには突っ込まないで笑みを浮かべて挨拶を返す。


「こんばんは、フェローニア嬢。フロセルピア嬢。君たちもウィクトーリアに呼ばれていたんだね。また会えて嬉しいよ」


 そう言うと、顔を上げた双子の顔がほんのりと赤くなる。


 相変わらずこの顔は破壊力抜群だなあ、と思いながらも再びウィクトーリアのほうへ視線を戻して尋ねる。


「これで全員集まったの? それとも他にもまだ参加者はいる?」


「いえ。フェローニアさんとフロセルピアさんで最後ですよ。もうひとりだけ参加したいと言ってくださった方もいましたが、個人的に却下しました」


「? そっか。結構な人数だね、これだと。件の幽霊も出てこないんじゃない?」


 というより、十人もいたら肝試しもクソもない気がする。


 このメンバーと試すほどの肝なんて誰も持ち合わせちゃいないだろ。


 聞くところによると全員で例の第二訓練場まで向かうというし、きっと肝試しっていうのは噂の真相を突き止めるための大義名分なんだろう。


 深くは気にしないことにした。


「大丈夫だと思いますよ。友人の話だと、私たちくらいの集団が前に調査に向かったそうですが、それでも声は聞こえてきたらしいので」


「それはそれで怖いな……」


 幽霊のほうが怖いものなしかよ……。


 俺だったら絶対に出ていかない。ホラー映画だって、襲われる側は少ないと相場が決まっているのだ。


 なぜかって?


 登場人物が多いと尺は伸びるし、賑やか過ぎてあんまり怖くないだろ? 作品によってはバラバラになるパターンもあるが、それでも基本は少数だ。




 俺のある意味不安な心とは裏腹に、準備を済ませた全員が俺とウィクトーリア、それにミネルヴァを先頭にして歩き出す。


 真っ直ぐに昇降口へと向かった。




 果たして、学園内で聞こえてくる声の正体とは……?

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