第369話 その正体は……

 俺の前に仮面を付けた騎士が立ちはだかる。


 男か女かも分からない。だが、少なくとも着ている鎧は最初の試練? で倒した中身のない鎧だ。元々はこいつの持ち物だったのか?


 俺が粉々にしたはずなのに存在するってことは、複数の鎧が用意されていたってことになる。


 問題は……相手が人型ってことか。


「やれやれ……さすがに人間を斬るのは抵抗があるぞ」


 一応剣を抜く。中身が人間だった場合、それはもう試練云々ではなくただの人殺しだ。気が進まないとかそういう話じゃない。


 なるべく中身は傷付けないように制圧しないとな。


 俺が剣を構えると、謎の仮面の騎士もまた剣を構える。妙に圧を感じた。結構強いな……。


 油断せずにジッと騎士を見つめていると、先に相手が動いた。地面を蹴って俺に肉薄する。


 ——速い。


 これまで見たどの人間よりも速い。一瞬で距離を潰し、的確に俺の首を狙う。それをドラゴンスレイヤーでガードした。


「ヘルメスさん! この騎士、強いですよ!」


 ウンディーネもたまらず叫ぶ。


「分かってるよ。けど、俺の敵じゃない」


 確かに身体能力は恐ろしく高い。あっぱれだ。——人間の中では、な。


 少なくとも剣聖や俺の姉より強い。しかし、それも大きな差はない。ドラゴンソウル無しでも充分勝てる。


 その証拠に、俺は完璧に相手の剣を捌ききった。どこから斬り込まれても防御が間に合う。その上で、相手の剣を受け流してから蹴りを打ち込む。騎士が吹っ飛ばされていく。


「おいお前。喋れるなら対話くらいしようぜ。俺は別にお前を殺す気はない。さっさとここから出たいだけなんだ」


 立ち上がる騎士に話しかけてみた。白金のドラゴンでさえ話せたんだ、鎧の中身が人間なら会話ができるはず。


 そう思ったが、騎士は無言を貫く。再び剣を構え地面を蹴った。


「チッ。意思がないのか中身は魔物なのか……どっちにしろ、倒さないと次には進めないってか?」


 剣を合わせる。火花が散り、手に強烈な衝撃が伝わってきた。


 ひとまず相手の正体を掴むために必殺の一撃は避ける。相手の体勢を崩し、体術で少しずつ削っていく。


 面倒なのがあの鎧。特別製なんだろうが本当に頑丈だ。剣を使わなきゃなかなか有効なダメージを与えられない。


「私が魔法でサポートしましょうか? 魔法ならダメージも入りますよ」


 俺の不満が伝わってきたのか、頭上に浮かぶウンディーネがそう提案してきた。


「悪くない手だな……できる限り手加減してやってくれ。まずはあの仮面を奪う」


「了解です!」


 ウンディーネが俺から魔力を吸収して魔法を構築する。水が槍のように捻じれ、矢のように飛ばされた。


 次々に迫る水の槍を仮面の騎士は時に避け、時に弾き、勇敢にも俺の下へ迫った。


 まるで機械のようだ。中身が入っていないと言われたほうが納得できるほど正確で不安も恐怖も躊躇も感じられない。


 まあ関係ないがな。中身がまた無いなら斬るだけだ。


 俺は近づいてきた騎士の剣を受け止める。片手で鎧に触れ、掴んだ。横からウンディーネの魔法が飛んでくる。


 当たる前に手を離し、騎士だけが吹っ飛ばされた。そのあとを追いかける。地面を転がり倒れた騎士の上に乗っかると、


「さあて……仮面を外してもらおうか」


 攻撃はせずに左手を騎士の顔へ伸ばした。黒く何の面白味もない仮面を外す——直前。


「————」


「おっと」


 騎士が今までで一番の反応を示す。こんなに力があったのかと思えるほどの衝撃が俺の体を突き抜け、押し倒していたはずの騎士がその場から跳び退いた。


 いくら全力でなかったとはいえ、俺の拘束から逃れるか……やるじゃん。でも、


「そんなに仮面が大事か? ブサイクでも構わないぞ? 俺は気にしない」


 相手の弱点は見つかった。あの過剰なまでの仮面への反応。そこに、殺害以外の勝機を見出す


 だが、騎士は少しだけ俺と距離を取ってから剣を捨てた。


「?」


 ザッ、と鉄製の剣が草原の上に落ちる。


 相手の目的が分からず首を傾げていると、——信じられない光景が映った。


 騎士が自らの胸元に手を置く。次いで、胸元から黄金の剣が現れた。


「なっ⁉あれは……」


 見たことがある、なんてもんじゃない。俺も同じ力を持っている。


 間違いない。俺が見間違えるはずがない。なぜならあれは……俺が謎の天使を名乗る輩から押しつけられた武器。魔族に対する特別な効果を持った——聖剣だ。


「マジかよ……まさか、俺の相手が勇者だなんて言わないよな?」


 想像すらしていなかった相手を前に、さすがに少しだけ焦る。


 聖剣は所有者の能力を向上させる力が備わっている。先ほどまでの騎士の力に聖剣分の恩恵が乗っかると……ちょっと厄介だな。


 それでも剣を構える。ドラゴンソウルの使いどころか? などと考えながら。

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