第368話 第三の試練
白金の竜が前方に倒れる。
凄まじい衝撃と音を発生させるが、まだ生きていた。頑丈な奴だ。
「意外と大したことないな。試練を課すならもっと強く作れとティターニアに文句を言っておけ」
「ぐぅ……! 新たな勇者は強いですね。まさか、戦闘用に作られたわたくしがこのようにあしらわれるとは」
首元から血を垂らす白金の竜。割と重症に見えるが、普通に立ち上がった。
「ですが、わたくしを殺さないかぎり後ろの空間は先へと繋がりません。そのように作られているのです」
「ふうん、なるほどね」
ちらりと言われてみて後ろを振り向く。
最初、この世界に来た時見た空間の歪みがある。これだけは俺が近づいても消えることはなかった。向こう側が見えないし、白金の竜の言葉が確かなら奥へ進むこともできないのだろう。
先を目指すには、目の前のドラゴンを狩る必要がある。
「必殺技のブレスも効かないんだ、お前じゃ俺には勝てないよ」
「ふふふ……確かにわたくしはあなたには及びません。きっと負けるでしょう」
それでも、と竜は言った。
「逃げませんよ。ティターニア様の命令は絶対。どうせわたくしが死のうとあの方にデメリットはない。また新たな命が生み出されるだけのこと……」
白金の竜がブレスを準備する。魔力の反応で何がしたいのか丸分かりだ。
「そうか。俺としては、ニーズヘッグと同じ竜を進んで殺したくはなかったんだけどな」
ブレスが吐き出される前に地面を蹴った。白金の竜に肉薄し、ブレスが放たれる前に距離を完全に潰す。これで近すぎて逆に射程外だ。あとは剣を振れば勝てる。
わずかな戸惑いが生まれた。知性のある相手を殺すのはちょっと嫌な気分になる。
しかし、俺は最後には剣を振った。
白金の竜がカウンター狙いで繰り出した強烈な左手の斬撃も躱し、先ほど斬りつけた首にもう一撃。
今度は深々とドラゴンの首を抉り、刃はそのまま首を断ち斬った。
「ぐふっ」
血を吐き、痛みに苦しみ、そして白金の竜の首が地面に落ちる。
広く赤い池を作ると、少しして背後にできていた空間の歪みが消え去った。ドラゴンの言う通り、殺したら解放されるのか。
「チッ。ティターニアって奴は本当に悪趣味な野郎だ」
試練だかなんだか知らないが、俺を試すためだけに白金の竜を生み出し、必ず死ぬように仕向けた。
気に食わない。おまけに、試練を与える意味が分からない。
いったい何を狙っているのか。
くるりと踵を返し、俺は思考を巡らせながらさらに先を目指した。
「大丈夫ですか、ヘルメスさん」
一本道を歩いていると、肩に座ったウンディーネが唐突に言った。
「何が大丈夫?」
「心ですよ。あれでよかったのかと私は疑問を覚えています」
「ああ、さっきのドラゴンか」
ウンディーネが何を言いたいのか即座に理解した。俺があのドラゴンを殺して精神的に病んでいないかどうか気になったんだろう。
ドラゴンと戦う前には精霊ノームすら殺したが、精霊とあのドラゴンではそもそも意味合いが大きく異なる。
精霊は妖精と同じく魔力で作られた存在。その最大の特徴は不死性。魔力がある限り粉々にされようと復活できる。だから、ノームを殺したという表現は少しだけ違うな。死に値するほどの痛みを与えた、と表現すべきか。
比べてティターニアが生み出したというドラゴンは、首を斬ったら血が出てきた。間違いなく魔力以外の何かで作られている。他の魔物と同じだった。おまけにあのドラゴンは人間と同じだけの知能を持ち、俺に語り掛け、俺はそいつを殺した。
手にまだ感触が残っている。初めてでもないんだし、我ながら女々しいとは思うが、誰かを殺す行いは褒められたものじゃないな。
「……大丈夫だよ、ウンディーネ。これもシルフィーを助けるためだ。手を汚すくらいの覚悟はしてる」
ぎゅっと右手を強く握り締める。
確かにウンディーネが言うように少しだけ動揺はしたが、今は問題ない。少しすれば完全にあのドラゴンのことは忘れ去るだろう。何も考えず、ただシルフィーを奪還することだけを考えろ。
「ヘルメスさん……無理、しないでくださいね。きっとシルフィーさんも、いつも通りのヘルメスさんと会いたいはずですから」
「分かってる。ありがとうな、ウンディーネ」
彼女の頭を優しく撫でた。ウンディーネは嬉しそうに笑う。
「ヘルメスさんのメンタルケアはお任せください!」
「頼もしい限りだな……ん?」
俺はふと足を止めた。またしても試練の始まりだ。
道が終わっている。正方形に柵が広場を囲み、その先に文字の刻まれた墓石が立てられている。
「なんだか意味深な場所に来たな。ここが終点っぽいんだが?」
周りを見渡す。しかし、墓石以外に何もなかった。それだけのために広場を作ったのか? いや、そもそもなんで墓石がこんな所に?
誰のものだろうと墓石に近づいていくと、
「ッ⁉」
急に上から何かが降ってきた。俺は咄嗟に後ろへ跳ぶ。
落ちてきたのは……銀色の甲冑を身にまとう、仮面をつけた騎士。甲冑は先ほど戦った中身のないそれだった。
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【あとがき】
新作の『爵家の落ちこぼれに転生した俺は、元世界ランキング1位の最強プレイヤー』
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