第370話 木偶

 仮面の騎士の正体が判明した。


 なんと中身は勇者だったのだ。右手に握られた聖剣が何よりの証拠。


 精霊女王ティターニアはかつて勇者と共に魔王を封印した。勇者が出てきてもおかしくはないが……。


「はっ、どうやって生きていたんだ? 人間でも辞めたのか? 勇者」


 ティターニアが魔王を封印したのはもう百年以上も昔の話。人間の寿命は、この世界だと精々が八十だ。魔王の封印した当時が仮に十代であってもありえない。長生きとかそういうレベルの話じゃなかった。


 ティターニアが何か勇者に手を加えたのか? それとも、鎧の中身は死体とか言わないよな?


 まあいい。相手が勇者だろうと死体だろうと関係ない。俺の敵は排除する。


「答えてくれないなら倒すだけだ」


 ドラゴンスレイヤーの切っ先を勇者に向ける。対する勇者は、俺の言葉に呼応するかのように地面を蹴った。先ほど以上の速度で俺の背後に回る。


「速度は悪くない。速度は、な」


 勇者が強烈な一撃を俺の背中に向かって叩き込んだ。それを剣で防ぐ。ただ剣を背中のほうに回しただけだが、それで充分だった。甲高い金属音を響かせて勇者の聖剣が止まる。


「根本的に能力値が違うんだよ」


 わずかに腰を落とす。相手の衝撃を地面に流し、そこからくるりと反転。遠心力を利用して蹴りを放った。


 二度目の攻撃が勇者の鎧を捉える。勇者は見事に後ろへ転倒。聖剣の効果で防御力が上がっていなかったら、もっと重いダメージを受けていただろう。だが、あんまり差はない。


「——まずは腕」


 俺のドラゴンスレイヤーが、鎧ごと勇者の右腕を斬り飛ばした。地面を転がった拍子に生まれた隙を俺は見逃さない。鎧の隙間から血が——流れなかった。


「ほう……だいたい予想通りの展開だな」


 勇者は痛がる素振りも見せずに聖剣を左手に宿す。右手に握られていた聖剣が粒子となって今度は勇者の左手に集まった。聖剣は光の集合体なのか。だからあんな芸当ができると。


 まるで俺に見せつけているようだ。


「俄然、お前の中身に興味が湧いた。骸なら手向けの花くらいは摘んでやるよ。あいにくと、ここにあるのは雑草だけだがな」


 再び勇者が俺の懐に飛び込んできた。聖剣を勇猛果敢に振る。


 しかし、何度剣を交えても勇者の能力値では俺の防御を崩せない。様々な技を見せてくれるが、俺は涼しい顔でカウンターを決める。一発、また一発と勇者の鎧に傷が増えた。少しすると、勇者の左腕までもが切断される。


「もういいだろ? いつまで不毛な戦いに身を投じるつもりだ? それとも、お前はティターニアに操られるだけの木偶か?」


 もしもの話だが、ティターニアが目の前の勇者を造ったとしたら納得のいく状況だ。勇者は血を流さないし痛みも感じていない。おまけに口は開かず、馬鹿みたいに俺に突撃してくる。


 人形、という言葉が一番しっくりきていた。


「両腕が無い以上、もうお前に勝ち目は無い。さっさと降参するか勝手に自滅しろ」


 ゆっくりと勇者に近づく。勇者は武器を失ってわずかに行動に迷いが出た。それでも最後には地面を蹴って俺に突撃してくるのだから、こいつはどうしようもない木偶野郎ってことになる。


 蹴りで俺を倒そうとしてくるが、その足も俺は斬り飛ばす。普通の人間が相手だったら決してできないが、あの勇者は血を流さない。両腕を失っても平然と動けるあたりただの人間ではないのだろう。なら、俺もあまり手心を加える必要が無い。


 何かティターニアの弱味になるかもしれないし、せっかくだから素顔を見ておこう。


 後ろに倒れた勇者の上に馬乗りになる。


「さて……足一本じゃさっきみたいに俺の拘束は解けないよな? お前の素顔を見せてもらうぞ」


 左手を伸ばす。優しく仮面に触れると、わずかな躊躇を消し去って仮面を外した。勇者の素顔が現れる。


「これは……!」


 勇者の顔は若かった。おそらく二十代半ばか後半ほど。身体能力的に魔王を封印した直後あたりか?


「ちゃんと勇者じゃねぇか。なんで喋らないんだよ」


「…………」


 訊ねてみるが、勇者は能面みたいな表情のまま一切の返事をしない。外見は普通の人間に見えるがやっぱり作り物か。


「俺とは口もききたくねぇってか」


 ムカつく野郎だ。ティターニアもこの偽物野郎も。


 だが相手がレプリカ——贋作野郎だと分かったら話は早い。ずっとこの異空間に居座るわけにもいかないし、さっさと首を斬って終わらせるか。血も流さない、痛みも感じない人形相手なら心も痛まない。


 俺はドラゴンスレイヤーの勇者の首に押し当てた。


「じゃあな、偽物」


 最後まで勇者は表情を変えなかった。胴体と首が分かたれる。直後、


「⁉」


 パリィィンッッ‼ という甲高い音が響き、勇者だったものがガラスのように砕け散った。魔力のように粒子となって虚空へ消えていく。


「チッ。最後まで不快感を煽る演出だな……」


 だが試練とやらは終わった。これでそろそろ祠に戻れるはずだが……。


 きょろきょろと周りを見渡す。なぜか、何も起きない。何も……起きないが⁉

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