第371話 おのれティターニアめ
白金の竜が言っていたと思われる試練を突破したはずなのに、なぜか何も起こらなかった。
ここは終点だ。行き止まりであり周りには墓石以外に何もない。
「ええっと……もしかして詰みましたか?」
俺があえて言わなかったことを口にするウンディーネ。彼女も感想は同じである。
「いやいやいや……まさか、な。だっておかしいだろ。俺を閉じ込めるだけなら試練を用意する必要はなかったはずだ」
「嫌がらせとか?」
「最悪すぎるだろ」
わざわざ俺に嫌がらせをするためだけに白金の竜や鎧、勇者を作り出したって言うのか? あまりにも手が込んでいるしムカつく。
だが、事実として何も起こらない。俺とウンディーネだけがぽつーんとこの異空間に囚われたままだ。
「どうします? 試しに下まで落ちてみますか?」
「どれだけ高さがあるか分からないんだ、それは最終手段だな」
俺くらいVITが高いならよほどの高さから落ちない限りは死なない。死ななきゃ神聖魔法で治せる。が、高度一万メートルから落ちたらさすがに死ぬな。ここが雲の上にあるとは思えないが。
それでも念のために調べられるものは調べておくべきだろう。視線を正面に送る。
俺とウンディーネの前には大きな墓石が置いてあった。この空間で異質なのはあの墓石だけ。つまり、墓石に何かしらあるんだろう。ヒントか、はたまた調べないと進まないタイプか。ひとまず、俺は墓石に近づいた。
「ヘルメスさん?」
急に歩き出した俺にウンディーネが声をかける。
「あの墓石を調べる。ウンディーネも怪しいと思うだろ?」
「それは……まあ、ここには墓石くらいしか調べられるものがありませんからね」
「だから調べるんだ。俺の勘があそこに何かあると言ってる」
じゃなきゃティターニア絶対許さん。元から許すつもりもないが。
「私の魔法で壊してみます?」
「お前罰当たりだな……神様もびっくりだよ」
あまりにも過激する発言に引いた。こいつ本当に妖精か? 悪魔じゃなくて?
「じょ、冗談ですよ! 冗談に決まってるじゃないですかぁ! あはは……」
ウンディーネは笑いながら視線を逸らす。
嘘つけ。先ほどの彼女の目は本気だったぞ。俺が許可出してれば確実に壊してたね。
ウンディーネの意外な一面を見た俺は、やれやれとため息を吐きながらも墓石の前に立つ。墓石の表面には文字が刻まれていた。
「この名前は……もしかしなくても勇者の名前かな?」
ジッと墓石を見つめる。俺の知らない名前だ。けど、不思議とそれが先ほど倒した勇者のものではないかと思えた。
「どうしてこんな所に勇者の墓が? ティターニア様は何を伝えたいのでしょう」
ウンディーネがうーん、と頭を捻る。
「そんなの俺が教えてほしいくらいだよ……まあ、何となくあの女の目的が見えてきた気がするけど」
「え? そうなんですか⁉」
ウンディーネは本気でびっくりしていた。
「考えてもみろ、ウンディーネ。ティターニアがその気になれば俺を殺すことができるかもしれない。あの女はまがりなりにも勇者と一緒に魔王を封印した。精霊を二体も従えてるし、俺が森に入った瞬間から全戦力で襲えばいいんだ」
それでも負ける気はしないが、殺せる可能性としては普通に高い。けどティターニアは何もしなかった。まるで俺を導くように妖精や精霊を配置している。
追い返すのも目的の一つだろうが、仮に俺が逃げない、追い返されなかった時に備えて何かを用意していたのは明白だ。
「じゃあ、ティターニア様は何がしたいんですかね。わざわざシルフィーさんまで攫って」
「人間が嫌いなのは本当なんだろうさ。唯一の例外は勇者だけ。丁重に弔っているのがその証拠だ」
まだこの墓石が勇者のものかどうかは分からないが、じゃなきゃ勇者が出てきたのも変な話になる。
「問題は、こんなもの見せても俺は全然嬉しくねぇってこと」
「そんなザックリ言わなくても……」
「本当のことだからな。つーか、言いたいことがあるなら堂々と言えっての。陰湿なんだよあの女は」
「——誰が陰湿かしら」
「ッ⁉」
背後から声が聞こえて振り返る。後ろに俺が一番会いたかった精霊女王ティターニアがいた。いつの間に……。
「おいおいおい……ラスボスが俺に会いに来てくれたのか? それとも消しに来たのか?」
ドラゴンスレイヤーを握る。いつでも抜けるように神聖魔法を発動した。
「あなたを殺すつもりなら声なんてかけないわ。話をしに来たの」
「話?」
「あなた、この森から出ていく気はないの?」
「ないね」
俺は即答した。森を出る時はシルフィーが一緒じゃないとダメだ。
「……呆れた。人間のくせに頑固ね。あの精霊……シルフィーがそんなに大事?」
「大事だ。命を懸けてでも取り戻したいくらいにはな」
「ムカつく」
むっとした表情でティターニアはそう吐き捨てた。
「どうせ精霊と人間はずっと一緒にはいられない。いつかは離れ離れになる。あなたは、シルフィーを悲しませないようにしたいとは思わないの?」
「それがお前の人間嫌いの理由か?」
「一つね。他にもたくさんあるわ」
さいで。
徐々にティターニアの内面が見えてきた。こいつは本当は、ずっと寂しかったのかもしれないな。
なんとなくそう思った。
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