第108話 猪突猛進

 馬車に揺られること1日。


 ニュクスやアリアンたちを乗せた馬車は王都に到着した。正門を抜けて停車する。


「とうちゃ~~~~く! 私がいちばーん!」


 陽気な声でアリアンが馬車の扉をあけて降りた。ゆっくりとその後にニュクスが続く。


「うわぁ! ニュクスニュクス、見てみて! すごいよ~! これが王都かぁ!」


 キラキラと輝く瞳を見開くアリアン。忙しなく彼女の視線が左右へいったりきたり。それを見たニュクスが、普段どおりクールに突っ込んだ。


「毎回毎回、初見のような反応をするのね。別に王都に来るのは初めてではないでしょ。あまり騒がないでちょうだい。周りからの視線が痛いわ」


「ぶ~~! ニュクスは淡白だなぁ。こういうのは何度やってもいいものなんだよ? それに、たしかに初めて来たってわけじゃないけど、機会自体は少ないんだし、別にはしゃいでもいいじゃん! ニュクスだって王都に来たら買い物くらいするでしょ?」


「……まあ、ね」


 アリアンの台詞に、ニュクスは視線を逸らして肯定を示す。


 彼女も年頃の乙女らしい繊細な部分がある。オシャレに興味があるし、自分の好きな服を買うのも嫌いじゃない。そんな心を友人であるアリアンに見透かされ、なんだがちょっぴり恥ずかしくなった。


「ふふふ~。大丈夫だよ、ニュクス。秋の対校戦がはじまるまでまだ時間はあるし、それまでゆっくり王都の観光でもしよ」


「ん。そうね。でも、先に行きたい所があるわ」


「え? ほ、ほんとに行くの? 試合前の腕試しとか、ルールには書いてないけど誰もやらないよ、普通」


「それだけ待ち遠しい相手なのよ。ヘルメス・フォン・ルナセリア……。彼と戦えるのを、私は心待ちにしてきた。対校戦なんて、はなからそこまで興味ないわ」


 真顔でそう言ってのけるニュクスを見て、アリアンは盛大に深いため息をつく。


 彼女とは幼い頃からの付き合いだ。貴族令嬢でありながら人付き合いの苦手なニュクスを、アリアンは何度もサポートしてきた。


 それだけにニュクスからの信用と信頼を勝ち取ってる自負があるし、ニュクスの親友も自称している。


 だが、ほとほとに呆れることもある。こと剣術や魔法に関して、彼女は自重や妥協という言葉を知らないのだ。


 たしかに夏休みの最中からすでに、第一学園の天才ヘルメスに強い興味を示していたが……。


 それでも、王都に着いた途端、いきなり第一学園に乗り込むとか言うのはおかしいとアリアンは思う。


 馬車の中で一度は止めたが、いくら親友の話であろうと彼女は止まらない。止まるはずもなかった……。


「ハァ……やれやれ。しょうがないなぁ。警備の人に入っちゃダメだよって言われたら大人しく私と買い物デートだからね? いい?」


「買い物デート? 意味がわからない。アリアンと買い物するのがなぜデートになるの?」


「そういう不器用で真面目なところも大好きだよ~、ニュクス」


 お堅い親友の手をアリアンが取った。ニュクスはいきなりのことにも動揺しない。慣れた顔でアリアンを見る。


「んじゃあまあ、ニュクスさんの要望どおり、第一学園へ突撃しますか! 待ってろよ~、第一学園の天才!」


「おー」


 微妙にノリがいいニュクス。突然叫び出したアリアンに合わせて、覇気のない棒読みを口からこぼす。


 周りから集まる視線を無視して、アリアンはニュクスを引っ張りながら第一学園を目指した。


 背後では、同じ第二学園の代表生徒たちが、「また勝手に行動してる……」とやや呆れたため息を漏らす。




 ▼




 しばらく石畳の上を歩いていると、目的の第一学園の前にふたりは到着した。


 第二学園となんら変わらぬ外観に、ここでまたアリアンが初見みたいな感想をこぼす。


「到着! 到着しましたよ、ニュクスさん。ここが王立第一高等魔法学園でございます! 第二学園とほとんど同じだよね!」


「言われなくても見ればわかるわ。ほとんどっていうか、まるっきり同じよね」


「でもでも、校門を守る警備の人は違うよ! 第二学園の人より優秀そうな顔してる! まったく判らないけど!」


「……アリアン、うるさい。第二学園の警備の人だって優秀よ。あなた、知ってて適当なこと言ってるわね?」


「ありゃ? バレちゃった? いいじゃん。空気っていうのは、盛り上げておいて損はないよ~。ここから下がるかもしれないんだから」


「下がるのね」


「そりゃあ下がりますとも~。第一学園の校門を抜けられなかったら、絶対にニュクスは機嫌が悪くなるね。賭けてもいい」


「嫌な信用をどうも。それより、さっさと入り口に向かうわよ。こんな所で突っ立ってないで、ね」


「はいはーい。了解了解」


 ニュクスに急かされて、アリアンは止めていた足を再び動かす。軽快な足取りで校門に近付くと、案の定、警備していた男性に声をかけられた。


「お嬢様方、こちらは貴族の学生が通う施設です。敷地内に入る場合は、学生証の提示をお願いします」


「私たち第二学園の生徒なんだけど入ってもいいかな? 秋の対校戦の前に見学しておきたいんだ」


「第二学園の……? 生徒手帳を拝見してもよろしいでしょうか」


「どうぞどうぞ」


 そう言ってニュクスとアリアンは懐から自身の生徒手帳を出す。


 警備を担当する男性は両者の手帳を確認すると、しばし考えてから許可を出した。


「提示ありがとうございました。現在、第一、ならびに第二訓練場への立ち入りは制限されています。それ以外の場所へは基本的に出入りは自由です。ご注意ください」


「はあい。警備お疲れ様でーす」


「ありがとうございます」


 意外なほどあっさりと通してくれた警備の男性へアリアンとニュクスはお礼を言って校門をくぐる。


 十分に校門から離れたところで再びアリアンが口を開いた。


「よかったねぇ、第一学園に入れて。やっぱりアレかな? 秋の対校戦でたくさんの生徒が来るから、私たちみたいな見学希望者も多いのかな?」


「さあ。恐らくそうなんじゃない。でなきゃ、許可をもらうのにもっと時間がいると思う。あと、私たちが貴族の令嬢だからってこともある」


「あはは。たしかに。貴族の令嬢なら身分もハッキリしてるし、問題を起こしてもすぐに対処できるってね。でもちょっと残念だったなぁ。訓練場には入れないってさ」


「いや、予想どおり。去年も一昨年も訓練場には入れなかった。不正防止と準備で忙しい」


「じゃあどうやってヘルメス様に挑むの? まさか……辻斬りみたいなことするつもりじゃあ……」


「それなら先にアリアンを斬ってる」


「どういう意味!?」


「そういう意味」


「いやぜんぜん意味わからないんだけど……」


「別に戦うだけならどこででもできる。敷地内は広いんだし、このときのために木剣も二本持参してる」


 腰にぶら下げていた木剣を見せるニュクス。


 そこまで準備してることは知らなかったアリアンが、あまりの行動力に驚愕と呆れの混ざった表情を浮かべた。


「そこまでする? 普通。友人ながらにドン引きなんですけど……」


「私は本気。本気で、ヘルメス様と戦う」


 決意の込められた眼差しを向けてくるニュクス。


 不思議な意思の強さに若干気圧されたアリアンは、しかし不敵に笑った。


「いいね。私もだれか面白い相手と戦いたくなってきたな」


 ニュクスの熱に当てられ、アリアンまでやる気を漲らせる。




 ——そこへ、二人にとっては悪くない相手が現れた。


 微風に白髪の髪を揺らす美少女——フレイヤが、ふたりの前を横切った。

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