第107話 養ってください!

 なんか、思ってた言葉とは違う内容がノルン生徒会長の口から飛び出した。


 俺は首を傾げて問う。


「……えっと、ごめんなさい。いま、なんて言いました?」


「養ってほしいです! 三食昼寝とおやつ付きで! 贅沢な暮らしじゃなくても我慢できます! 侯爵令嬢だけど我慢できます!」


 バッと勢いよく手をあげるノルン生徒会長。


 いきなり何を言ってるんだ、この人……?


 疑問が脳裏にたくさん浮かぶ。そもそも状況をうまく理解できなかった。


「なぜ、俺が生徒会長を養わないといけないんですか?」


 口は悪いが、これだけは気になった。


 しかし、俺の言葉になぜか会長は首を傾げる。まるで理解できない、みたいな表情で。


「なぜって……。わたしがヘルメス様に可能性を見い出したからだよ?」


「可能性?」


「そう、可能性。わたしはね、両親にかなり自由にさせてもらってるの。それもこれも魔法の才能があったから。本当は入学前に婚約者が決まるはずだったところを、駄々をこねて拒否したの。相手は自分で選びたい! って。もちろん、家のためになる相手を選ぶつもりだったよ。そこは両親に悪いからねぇ。でも、ヘルメス様に負けて確信したよ~。わたしを幸せにできるのは、ヘルメス様しかいない! ってね」


「ちょっと意味がわかりません」


 話を聞いてもサッパリ俺を選んだ理由が理解できなかった。


 隣に並ぶヒロインふたりも抗議の声をあげる。


「そ、そんな一方的な話が通るわけないでしょう!? ヘルメス公子はわたく……ごほん。まだ相手を決めるのは早い。そうですわよね?」


「そうだよ! ヘルメスくんは僕と一緒に魔法の研究をするって将来を誓い合った仲だよ!? それを引き裂くなんて、生徒会長といえども酷すぎる!」


「その話は初耳だなぁ。あと、勝手に答えないでねレア」


 片や俺に養ってほしいと言うノルン生徒会長。


 片や勝手に俺と魔法研究すると言い出すレアさん。


 まともなのがミネルヴァしかいないというのは、実に俺の精神をガリガリ削る。


「えぇ? ダメなの~? だって、ヘルメス様は公爵子息だよ? ってことは、わたしの実家より偉い。すごい。それって即ち、婚約相手としてはこれ以上ない物件だよねぇ? 聞いたところによると、すでに功績をあげた英雄だって話もあるし」


「たしかにヘルメス公子は立派な殿方です。ええ。それ以外の男性はみなゴミクズに見えるくらいには素晴らしい殿方です。ええ。——ですが! それでもいけません。安易に交際を迫ろうとするのは、淑女としてどうかと思います!」


 いま何気にすごいこと言ったよねこの子。


 俺以外の男性がなんだって? いや、聞かなかったことにしよう。


「交際じゃありません。結婚です」


「なお質が悪い!」


 開き直るノルン生徒会長に、ミネルヴァが叫んだ。


 これはダメなやつだ。


 なにを言ってもかわすかゴリ押してくる感じがする。


 ミネルヴァも早々に説得を諦めて、話を逸らす方向にもっていく。


「……ハァ。とりあえず、交際の件はまた後日にでも話し合いましょう。ええ。じっくりと生徒会長とは話す必要がありますわね。ええ」


「だから~、結婚だってば~」


「い い か ら ! 黙って訓練の続きでもしますわよ! 次は誰がヘルメス様のお相手だったかしら? ああ、わたくしね」


「——僕だよ。なにさらっと順番抜かそうとしてるの」


「チッ」


「ミネルヴァさん?」


 はっきりとした舌打ちが聞こえた気がする。


 俺の耳がおかしくなったのかな?


「仕方ありませんわね。では次の試合を行います。ヘルメス公子とレアさんは中央に立ってください」


 俺の疑問を無視して、今度はミネルヴァが審判役をする。


 俺もレアも言いたいことはあったが、それらを呑み込んで中央に立った。


 相手はレアだ。下級魔法で怪我しないことを祈る。


 ……さすがに大丈夫だと思いたい。


「両者準備はよろしいですね? ——試合開始!」


 訓練場内にミネルヴァの声が響く。


 第二回戦のはじまりだ。




 ▼




 剣術、魔法の両方の代表に選ばれたヘルメス。


 彼の忙しない訓練の日々は、加速度的に進んでいった。


 ある時はフレイヤともうひとりの男性とともに剣を振るい。


 ある時はミネルヴァやレアたちと魔法を撃ち合う。


 そんな日々が何日も何日も続くと、やがて、【秋の対校戦】本番がやってくる。


 舞台は王都。


 各学園の代表生徒たちが一同に介する。


 そこには当然、第二学園のニュクスたちも参加する。


「ふ~んふん。いよいよ始まるね、秋の対校戦。楽しみだなぁ。私は誰と戦えるんだろ」


「相手はただひとり。ヘルメス様だけよ」


「え~? そんなこと言ってると、他の代表生徒に足を掬われちゃうぞ~?」


 王都に向かう馬車の中、仏頂面を浮かべるニュクスにアリアンが煽りの込められた言葉を投げる。


 だが、ニュクスはいつものことなので気にした様子もなく返した。


「それはそれで楽しみ。けど、負ける気は毛頭ない」


「あはは! さすがは第二学園の天才。学園はじまって以来の神童と言われるだけあるねぇ。しかも、これまた初めての——剣術、魔法の両代表生徒だなんてね」


 ガタガタとかすかに揺れる馬車の中。


 さまざまな思惑が行き交うのだった。

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