第106話 おかしい?
俺は魔法を唱える。
「————【寒流】」
水属性下級魔法——【寒流】。
非常に冷たい水が放射された。
本来、この魔法はあまり威力がない。少しだけ範囲が広いくらいしか特徴のない魔法だ。
しかし。
それをレベル60になった俺が発動するとどうなるのか。
当然、鍛え上げられたINTが威力を増幅させ……。
「きゃあぁあああ————!?」
相殺しようと魔法を撃ちこんだノルン生徒会長を、その魔法ごと呑み込んだ。
先ほどの【水泡】以上の音を響かせて、ノルン生徒会長が訓練場の端まで吹き飛ばされる。
たった一撃だ。
もっとも威力の低い下級魔法一発で試合が終わった。
あとに残されたのは、結果を受け入れられないレアと、「やっちまったかな……?」と心配する俺だけだった。
▼
「いや~、酷い目にあったねぇ」
ずぶ濡れの生徒会長がとぼとぼと歩いて戻ってくる。
よかった。見るかぎり目立った怪我はない。音だけは凄まじかったが、威力はそこまででもなかったようだ。
苦笑しながら歩く彼女を見て、ホッと胸を撫でおろす。
使ったのが下級でよかった。中級だったら大怪我させるところだった。
試合の相手なんて安請け合いするものじゃないね。相手の実力を知ってからこういうのは受けないといけない。
でなきゃ、いつか人を殺しちゃいそうだ……。
「まさか生徒会長であるわたしが、下級魔法でやられちゃうなんて思わなかったよー。ヘルメス様ってば一体どれだけレベルを上げてるの? いまのわたしが30くらいだから、少なくとも40以上あるよね? おかしくない?」
「うっ……! そ、それは……」
気まずい!
レベル50どころか60あります、なんて言ったらどんな反応が返ってくるのか。
ただでさえレベル30にいってるノルン生徒会長ですら、この世界の基準で言えば天才だ。
他の学生はおろか、現役の魔法使いにすら匹敵する。
だが、俺はその倍くらいの強さを誇る。
熟練度もすべて最大値まで上げているから、15歳としては破格を通り越してバケモノだ。
教えるのに戸惑いが生じる。
すると、そんな俺を見てかミネルヴァが口をひらいた。
「他人のレベルを詮索するのはよくありませんわよ、生徒会長。公子はまだ学生の身。申告の義務はありません。それに、強い分には心強いではありませんか。ヘルメス公子は、我々の仲間なんですから」
「ミネルヴァ……」
「あはは。たしかにそうだねぇ。ごめんよヘルメス様。これまでこんなハッキリとした形で負けたことなんてなかったからさ~。自分でも気付かないうちに嫉妬してたのかもしれないねぇ。そんなことするくらいなら、もっともっと強くなるために努力すべきなのに」
「なに言ってるのさ生徒会長! 生徒会長は十分に強いですよ! ヘルメスくんがおかしいだけで!」
「おかしい?」
いま、俺のことをおかしいって言った?
他の子よりはるかに強くてバグみたいな存在だという自覚はあるけど、本人を前にしておかしい……?
お兄さん傷付いちゃうなぁ……。そういうこと言われると。
「ええ、ええ。そうですわ。ヘルメス公子がおかしいだけで、ノルン生徒会長の実力はたしか。もう一度戦えば、先ほどよりずっと善戦できるはずです」
「あれぇ? ミネルヴァまでそういうこと言うの?」
さっきまでの優しく頼もしいキミはどこへいったんだ?
「二人とも……ありがとう。なんだか後輩に慰められるのは、生徒会長としても先輩としても情けないね……」
「ふふ。そういう弱味があるほうが殿方にモテますよ」
「僕は弱い一面があってもいいと思うな! 完璧すぎるのはヘルメスくんだけでいいよ」
「そうだよねぇ……。女の子だもんねぇ、わたし。うん! ありがとう! 元気が出たよー。本当はあまり乗り気じゃなかったけど、これなら対校戦の本番まで頑張れる気がする!」
「なにを仰いますか。対校戦の本番も頑張るんですよ。3年生は最後の試合でしょう? 悔いのないようにしてください」
「わかってるよー! あ、でもひとつだけヘルメスくんに言いたいことがあるんだ」
ちらり、とノルン生徒会長の視線が俺に向く。
その瞳に奥に、最近よく見る感情が浮かんでいるように見えた。
そして、一抹の不安を抱える俺に、生徒会長は満面の笑みで言う。
「い、言いたいこと……?」
「うん! さっきヘルメスくんに負けて、自分より才能のある人を前にして……ね? その、わたし……ヘルメスくんに養ってほしいなって思ったの!!」
「…………あれ?」
なんか、思ってたの違う。
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