第170話 オアシス

「くるぅっ!」


 ワームとの戦闘を終わらせてククのもとに戻ると、涙を流したククにタックルされる。


「ぐえっ!」


 いとも簡単に俺は押し倒された。


「ど、どうしたんだクク? なんで泣いてるの?」


「くるぅ……くるくるっ!」


「え? まったく活躍できなくて恥ずかしい? いやいや、そんなことないだろ」


 たしかにククの攻撃は雑魚にすら通用しなかった。恐らくククのレベルは40より低いのだろう。


 もしくは、レベルは高いが何かしらの縛りを受けているかのどちらか。


 別にダンジョンのモンスターが倒せなかったからと言って、そこまで悲しむ必要はない。


 ボロボロに涙で汚れたククの顔を撫でる。


「ククにはきっと、ククにしかできない役割がある。俺はたまたまモンスターを倒すことができるが、言ってしまえばそれだけだ。おまえみたいに翼はないし、その頑丈そうな肉体も羨ましいよ」


「くるぅ?」


「ほんとほんと。ククは最強種ドラゴンなんだから、すぐに強くなれるよ。ドラゴンは世界最強! そんなの、ファンタジーでよくある設定だからね」


「くるぅ?」


「え? なんの話かって? なんでもないよ。ただの独り言さ。それより早くそこから退いてくれないかな? ククが重くて俺が動けない」


「くる」


 言われたとおりすぐにククが退いてくれた。


 涙も引っ込み、いつものククに戻る。


 自分の攻撃が効かなくて号泣したり、人間の言葉を理解したりと、やはり目の前のドラゴンはただのドラゴンではなかった。


 アトラスくんに聞いたイベントの件もあるし、ククはなにか特別な役割を担っているはずだ。


 この子が後半、力に目覚めて覚醒するのを楽しみにしている。




 もう一度ククの顔をさらりと撫でて踵を返す。


 消滅したワームの死体を見送って、俺たちはさらにダンジョンの奥を目指した。




 ▼




「うーん……お腹がたぷたぷだ」


 土の上級ダンジョン〝失楽園〟に足を踏み入れてどれくらいの時間が経ったのか。


 歩けば歩くほど体内の魔力が流れていく。本当にこのダンジョンのコンセプトは最悪だ。


 特に俺には、シルフィーという妖精がそばにいる。彼女との契約が切れないように定期的に魔力回復薬を飲まなきゃいけない。


 そのせいで、水分が腹にたまって気分が悪い。体がわずかに重く感じるし、ダンジョン内はやや暑いくらいでぜんぜん水分補給を必要としない。


 これが火属性の上級ダンジョンだったなら話は違っただろう。あそこは熱さこそがコンセプトなのだから。


「大変ねぇ、ヘルメスは。ごめんなさい、私のせいで迷惑かけて。最悪、契約を一時的に切って学園に避難するわよ?」


「平気だよこれくらい。それに、シルフィーにはよく世話になってるんだ、君が悪いなんてことは絶対にない。そうだろ、クク」


「くるぅっ」


「あなたたち……も、もうっ! しょうがないんだから。私がいないと寂しいのね、ふふふ」


 今日も今日とてシルフィーはちょろかった。


 ククも話しに乗ってくれるし、俺たちの旅は順調である。


 その証拠に、かなりの道をまっすぐ踏破してきた。俺の記憶によると、そろそろ中間地点が見えてくる頃合いだ。


 攻略を目的としていないので、その中間地点にいる中ボスをボコればそれでいい。


 あとは魔法書を見つけておさらばだ。


 ある意味、一番厄介かもしれないこのダンジョンさえ超えれば、残りはゴリ押しでも進められる——こともない。


 上級ダンジョンはどこもめんどくさい設計だ。時間だけはかかるだろうな……。


 俺にどれだけの時間が残されているのか。


 東の大陸にある竜の里からの使者が、もうすぐそこまで迫っている可能性もある。


 できるなら全ての上級ダンジョンを攻略してから会いたいものだが、恐らくそうも言ってられないだろう。


 直感が、すべては攻略できないと言っている。


「……ん? ねぇ、ヘルメス」


「どうしたの、シルフィー」


「あれ見てあれ。なんだか遠くに自然が見えない? この渇ききった砂漠の中に」


「自然? もしかしてそれって……」


 思考を途中で切り替え、シルフィーが指差した方角を見る。


 百メートルほど先に、たしかに不自然にオアシスのような光景が見えた。


「おお、ナイスシルフィー! あそこがこのダンジョンの中間地点だよ!」


「中間地点! ってことは、前みたいに強い奴を倒したら終わりね?」


「そういうこと」


 嬉しそうにシルフィーがくるりとその場で回る。


 どうでもいいけど、浮いた状態で縦に回るものだから、妖精の着ている服? スカート? がめくれて中が見えそうになる。


 妖精も下着って穿いてるのかな?


 本当にどうでもいい疑問が脳裏を過ぎった。


 当然、そんな質問を投げられるはずもなく、俺たち三人はオアシスの中に入る。


 すると、ぽつんと広がる湖の外周部に、身の丈三メートルを超えるアホ高い巨人がいた。


 砂色の皮膚に、虚ろな瞳。ボーっと水面を眺めながら地面に座り込んでいる。


「なにあれ」


「あれがこのダンジョンの中ボスだよ。いまからアレを倒さないといけないわけ」


「あんまり強くなさそうね。覇気がないわ覇気が」


「そりゃあまだ戦闘態勢に入ってないしね。でも、戦うとなるとかなりウザいのは他の個体と一緒さ」


 そう言って巨人のそばに近付く。


 足音を聞いた巨人が、ゆっくりとこちらへ視線を向ける。


 互いの視線が交差し、巨人が立ち上がった。


———————————————————————

あとがき。


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