第126話 涼やかに

 審判役の男性が試合開始を宣言する。


 その瞬間、ほんの少しだけ会場が湧いた。そして、間髪入れずにニュクスが接近してくる。


「先手必勝。————【炎天】!」


 彼女は開幕から飛ばしていく。


 いきなり火属性中級魔法【炎天】を使ってきた。


 巨大な火の塊が、太陽を彷彿とさせる熱量で俺のもとに迫る。


 それを動くことなく手だけ前に突き出した。


「————【火球】」


 ニュクスの中級魔法に対し、こちらは静かに火属性初級魔法を発動。


 ニュクスの魔法に比べて半分以上も小さな火の塊が放たれる。


 互いの魔法が衝突した。


 結果、初級と中級魔法が相殺し合う。


 それを見てニュクスが目を見開いた。


「嘘……わたしの中級魔法を、格下の初級魔法で……!?」


「ごめんね」


 聞こえた言葉に、本当に申し訳なさそうな顔で答える。


 俺と君じゃあレベルがあまりにも違いすぎる。


 たとえ初級魔法であっても、鍛えたINTが高すぎて威力を増幅させてしまうのだ。


 それは彼女の中級魔法にすら匹敵するほど。


 レベルがもう少しだけ低ければ初級魔法でも余裕で勝てたのだが、なまじ中途半端に高いせいで威力の調整に困る。


 だから、俺は謝った。これから君に痛い思いをさせると。


「——ッ! まだ、負けてない。手数でこちらが上回れば!」


 そう叫んで新たな魔法を唱える。


「————【晴嵐】!」


 強風が吹いた。普通ならば立っていられないほどの風だ。


 風属性中級魔法【晴嵐】。


 広範囲にわたる風圧が俺をエリア外まで出そうと押してくる。


 殺傷性はほぼないが、それゆえに純粋な妨害系の攻撃だ。


 これを先ほどと同じく同属性の魔法で相殺する。


「————【突風】」


 風属性初級魔法【突風】。


 中級魔法【晴嵐】の完全下位互換の魔法だ。


 一陣の風が吹き、周囲を囲んでいたニュクスの強風を容易く吹き飛ばす。


 またしても一瞬にして彼女の魔法は打ち消された。


「……【水泡】」


 二度も初級魔法で自身の中級魔法が相殺されたニュクス。


 表情にありありと絶望の文字が浮かぶが、それでも彼女は諦めなかった。


 今度は水属性中級魔法【水泡】を投げ飛ばす。


 火属性魔法【炎天】の水属性版といえる塊が、正面から凄まじい速度で迫る。


 当然、


「————【寒流】」


 それを初級魔法で相殺する。


 空中で弾けた水の塊。エリア内を一瞬で湿らせる。


 もはやお互いの実力はハッキリとしていた。


 あれだけ応援していたはずの観戦席からは、だれの声も聞こえない。


 誰もが圧倒的な俺の力を前に引いている。


 なんせ、俺はまだ試合が始まってから一歩も動いていないのだ。


 ただ、彼女の魔法をより弱い魔法で相殺し続けている。


「ふ、ふふ……あはは!」


 たまらずニュクスは笑った。


 彼女はあそこまで感情を表に出しているのを初めて見た。


 前は無表情ばかりだと思っていたが、しっかり感情表現はできるらしい。


 片手で顔の半分を多い、じろりと俺を睨む。


「まさかここまで強いとは思ってもみなかった。すごい。勝てない存在だとわかる。あらゆる要素で私より強い。きっとなにをしても負ける。……ふふ。だけど、ただ何もせずに負けるわけにはいかない。私だって、あなたと同じ【天才】の名前を背負ってるの! 最後まで遊びましょう」


 ニュクスはひとしきり言い終えると、姿勢を低くした。


 軸足をやや後ろへ下げて、こちらに接近する構えを見せる。


 威力では圧倒的に不利だと感じて、距離を縮めて隙を狙う戦法だ。まあ、魔法戦のルールだとそうするしか他に手はない。


 身体能力の高い彼女なら、それで上回れる自信が欠片ほどは残っているのだろう。


 悪いが、俺はそれすら潰すよ。


 最後まで圧倒的な強者であり続ける。そういう意味を込めて、彼女の言葉に返事を返した。


「いいよ。ただし……次は手加減できないかもしれない。棄権しないなら、多少のダメージは覚悟してね」


「最初から——覚悟はできている!」


 ニュクスが駆けた。


 凄まじい速度で俺に迫る。


 この子……ほとんどゼロ距離で魔法を打ち込むつもりだ。


 自分にだって回避できない距離だろうに、リスクを承知で突っ込んでくる。


 ——速い。もう目の前までやってきた。


 彼女は魔法を唱える。


 ほとんど同時に、俺も魔法を唱えた。


「————【気炎】!」


「————【水泡】」


 業火と水球がぶつかる。


 近距離でもっとも火力の高い火属性魔法に対して、瞬間的な威力が高い水属性魔法で対抗した。


 きっと彼女はここぞというところで火属性魔法を使うと思っていた。


 風属性と悩んだが、どちらでも結果は同じだろう。


 なるべく彼女に怪我を負わせないよう魔法を合わせ、そのまま水球がニュクスの炎を喰らう。


 初級ですら魔法を打ち消すほどだ。当然、中級同士がぶつかれば相殺はしない。


 圧倒的な威力で相手の魔法だけを消し去り、放った本人に迫る。


 ニュクスは避けられない。距離が近すぎて、回避までの時間がなかった。




 彼女に、水の塊が衝突する。


———————————————————————

あとがき。


ちなみにコメントでありましたが、ヘルメスが全力(上級魔法)を放てば、アイテムに守られている訓練場は吹き飛びます。

それくらい、いまの彼と上級魔法は規格外!



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