第158話 数の暴力
妖精のシルフィー、ドラゴンのククと共に水属性の上級ダンジョン、〝死なずの海濫〟を訪れた。
そのダンジョンのコンセプトは、単体としての強さを追い求めた〝十戒〟とは異なり、ひたすらに相手が死なないという不死身さにある。
死なないというのは、決してHPバーがゼロにならない、という意味ではない。
一応、このダンジョンに出てくるモンスターはゼロになった場合、一時的な硬直が発生する。
その硬直は数秒もあれば解けるが、それを活かして進むのかがポイントだ。
そんなわけで序盤は、こちらへ殺到する魚型モンスターを無視して走った。
通路は言うほど狭くはないが、調子に乗って戦っているとすぐ敵に囲まれる。囲まれたら終わりだ。
正直、その状態でモンスターと持久戦なんかしたら、レベルが圧倒的に有利な俺でも死ぬ。
それくらいこのダンジョンは面倒な仕様なのだ。
そのことを妖精のシルフィー、ドラゴンのククにも伝えておく。
ハッキリと喋ることができるシルフィーはともかく、
「くるぅっ」
しか喋れないククとは意思疎通が難しかった。
頷いてるあたり知能はかなり高いが、本当に理解してるのかどうかは怪しい。
せっかくスキルと呼ばれる概念があるのだ、動物と会話できるタイプのスキルがあれば、と思ってしまう。
というか、スキルって概念はアトラスくんから聞きそびれたが、もしかするとラブリーソーサラー2の要素では?
少なくともラブリーソーサラーにはないシステムだ。
前作で無いのなら、続編で追加されていてもおかしくはない。
今さらな疑問に、ほんの一瞬だけ思考が奪われた。
しかし、すぐに現実に引き戻される。
目の前に色違いの魚型モンスターが現れたからだ。
軽やかに中空を泳ぐ黄金色のモンスター。
俺の瞳と同じ色だね、と純粋に喜ぶことができればよかったのかな。
前世の、ゲームでの苦い思い出が蘇ってそのモンスターを睨んでしまう。
「気をつけろよ、シルフィーたち。あいつはちょっと普通の個体より厄介でね……下手するとみんながピンチになるから、指示には従ってくれ」
念のため、足を止めてシルフィーたちにそう伝える。
声色から俺が真面目に言ってることを理解したのか、
「そ、そうなの? どういうモンスターなのよ、あれ」
とシルフィーが真面目に聞き返してきた。
ドラゴンのククも真剣な表情を作ってる。
「あれは見た目は綺麗だけど、綺麗な花にも棘があるって言うだろ? それと同じさ。鑑賞用にも見えるあのモンスターには、恐ろしい毒がある」
「ど、毒……」
ごくりとシルフィーが喉を鳴らした。
毒と聞くとものすごく嫌な想像をするだろう? その気持ちはよくわかる。
「致死性の毒とかそういう感じのやつじゃないよ。ただ、あいつの攻撃や血を浴びると、——状態異常〝麻痺〟にかかるんだ」
——麻痺毒。
数ある毒の中でも、ゲームにおいてはトップクラスに危険なもの。
このダンジョン内にあるモンスターで、麻痺状態の俺を殺せる個体などほとんどいないが、問題はしばらく動けなくなるという点だ。
魚型モンスターの攻撃力は低く、仮に麻痺になってサンドバッグにされても生き残れる自信はあるが、そこからが地獄になる。
先ほども言ったように、奴らは不死身だ。襲われることより、周りを囲まれるほうが厄介なことになる。
具体的には、ゲームで言う〝ハメ技〟状態になる。
そうなると生存は絶望的だ。逃げようにも魚の死体が邪魔だし、退けようにも数が多すぎて退かせない。退かせても、奴らはすぐに復活するのでその繰り返し。
特にあの色違いのモンスターが出るあたりから、魚型モンスターの出現数が格段に増える。
いまも、俺の視界には十を超えるモンスターの群れが映っていた。
「麻痺を受けると、あの大量の魚に襲われるってわけね」
「ああ。俺は幸い、状態異常に対する耐性を持ってるからまだ安心できるけど、完全耐性ではない上、ククがそういうスキルを持ってるかどうかは知らない。シルフィーは妖精だから平気だけど、ククを危険に晒すわけにはいかない」
「そうね。あたしの下僕に生臭いことなんてさせないわ————んぐっ!?」
ぱくり。
ドヤ顔で胸を張っていたシルフィーが、唐突にククに食べられた。
「シルフィー————!?」
あ、口から出てきた。
全身に涎がベタベタ付いている。彼女は通常の生物とは違い、魔力で構成されているため、物理攻撃は効かない。
魔法よって体がズタボロにされても、魔力を与えれば回復する。
本当の意味での消滅とは、体を維持できなくなるほど魔力が枯渇した状態だ。
ゆえに、あれくらいなんてことはないが……うげぇ、汚い。
「なにするのよトカゲ! いま、あたしが超絶カッコイイこと言ってたじゃない! 下僕のくせに!」
ぱくり。
またシルフィーが食べられた。
「シルフィー————!?
あ、また出てきた。
相当ぶちぎれている。
「こ、この青トカゲェ……!」
鬼の形相でククを睨むが、当の本人は涼しい顔をしていた。
そろそろ時間がもったいないので先に進む。
「はいはい、喧嘩はあとでしようね。いまはもっと大事な場面だよ」
そう言うと、無理やりシルフィーをつか————むのはちょっと汚いので、水魔法で涎をキレイに洗い流してから掴む。
このダンジョン、水の中にいるはずなのに、ぜんぜん水としての機能がない。
本当にただの水だったら、そもそも俺が呼吸できなくて攻略が詰むわけだが。
「それじゃあ、先を目指そうか。敵はなるべくスルーで。ククは俺の後ろにピッタリ付いてきてね」
「はあい」
「くるぅっ!」
シルフィーはモチベーションがダウンしていたが、ククは元気よく片手を上げた。
……片手を上げた?
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あとがき。
限定近況ノート、エリス短編4を投稿しました!
そして本作の星が17000……!
皆さん、一緒に2万目指しましょう!!!応援よろしくお願いします!
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