第159話 裏の顔

 攻撃を受けても問題ないシルフィーはともかく、ドラゴンのククには、上級ダンジョン〝死なずの海濫〟の恐ろしさを懇切丁寧に教える。


 途中、シルフィーがククに食べられるという面白い光景を目の当たりにしたが、冗談もほどほどにダンジョン攻略に戻った。


 とはいえ、言うは易しの典型例だ。大量のモンスターをすべて無視して進むのは、ダンジョンの構造上ほとんど不可能に近い。


 だから、足止めを行いながら進むしかないわけだが……。




「くるぅっ!」


「ククがなぁ……難しいよなぁ……」


 いまの俺のパーティーには、ドラゴンのククがいる。


 シルフィーは妖精だから状態異常も効かないし物理攻撃も無効化できる。だがククにそんな特殊能力はない。


 正直、ククの機動力であの大群を乗り越えることができるのか。


 それが一番大事だ。


 道中、ククは普通に飛んでいた。飛んでいたっていうか浮いてた。


 恐らくドラゴンが持つ飛行能力か、クク専用の能力。


 それがあれば移動自体には問題ない。あるとしたら速度の制限がどれくらいか。


 ひとまずぶっつけ本番でそれを試すにはリスクがありすぎる。


「クク」


「くる?」


「その辺、飛んでみ。おまえの速度がどれくらい出るか見たい」


「くるっ!」


 了解、と敬礼ポーズをしたククがふわりと浮く。


 敬礼? キミ実は中身人間でしょ。ドラゴンのくせに器用すぎる。


 そんな俺の疑問は置いて、ククが軽やかに空を飛んだ。


 遠くにいる魚型モンスターの警戒範囲に近付かない程度にククを飛ばせると、思ったより速度が出ていた。


 少なくとも俺が全力で走っても置いていかれることはなさそうだ。


 図体がデカイのがまだ気になるが、恐らく問題ない。


「よしよし。OKだよクク。下りておいで」


「くるぅっ」


 嬉しそうに鳴くと、ククがゆっくりと俺の前に着地する。


「いいね、クク。それくらい速いなら一緒に奥まで行けそうだ。これを超えれば目的地はそう遠くない……こともないが、まあ難所のひとつは越えられる。だから、決して気を抜かず、絶対に俺の指示には従うこと。いいね?」


 改めてククに念入りに言っておく。


「くるくる」


 わかった、とばかりにククは頷いた。


 こういう時は知能が高くて助かる。




 ——じゃあまあ、作戦開始といこうか。


「まず、先にククとシルフィーが奥の通路まで行ってくれ。体型的にククが先に行かないと囲まれる恐れがある」


「ああ、デブだからね————んぐっ!?」


 余計なことを言ったシルフィーは食べられる。


 コイツもしかしてメスか? いやオスでもデブデブ言われるのは辛いが。


「クク、そのままシルフィーを食べながらでいいから、急いで向こうの通路に飛んでくれ。敵はすべて無視でいい。ククの速度なら追いつかれることはないだろ。魚が追いかけてこなくなるまで飛び続けろ」


「クルルルッ!」


 はあい、とククが二回頷いてから浮いた。


 パタパタとわずかに翼を動かし、もごもごと動く口を強く閉ざして、俺の指示どおりククはものすごい速度で通路の奥へと向かった。


 モンスターの警戒範囲内に入ると、一斉に魚たちがククへ襲いかかる。


 しかし、敏捷で勝っているククには追いつけない。


 すぐに彼らの行動範囲内から飛び出し、モンスターたちの動きがピタリと止まった。


 この辺はゲームどおりだ。俺もククと同じ方法で走り抜ける。


 安全性を活かして確実に奥を目指すには、戦闘するよりこっちのほうが確実だ。


 ステータス上げておいてよかった。


 依然、シルフィーを口の中に入れたままのククが、通路の置くから手を振っている。


 それに応え、俺も地面を蹴って走った——。




 ▼




 最初の難関、色違いのモンスターを超える。


 一本道の通路を過ぎると、そこからはまた入り組んだ迷路みたいな分かれ道が大量に出てくる。


 俺はすべて正しい道順を知ってるから問題ない。


 右に左、斜めと正確に通路を通ってさらに奥を目指した。道中、またしても出てきた大量の魚たちは、魔法で攻撃しながら押し通る。


 すると、やがてひとつのひらけた場所に出る。


 前方には、不自然に回る渦がある。あまりにも不自然だ。


 人間が数人も入れるような規模の渦がいくつもあるのに、その渦に引っ張られる様子はない。


 ゲームの頃はそういうものだと何ら不思議に考えたことはなかったが、リアルで見るとあまりにも怪しい。


 だって、普通ここまでデカい渦があったら、海中はメチャクチャになってるし俺たちも吸い込まれていただろう。


 だが、現実の法則を捻じ曲げて渦はそこに存在している。


「な、なにあれ?」


 ようやくククの粘液塗れの口内から脱出したシルフィーが、ベタベタの顔で渦を見つめる。


 俺はあえて彼女の体調というか現状には触れず、簡潔に答えた。


「あれもこの上級ダンジョンのギミックのひとつだよ。いわゆる転移ポータルのようなものかな」


「転移ポータル? どこに繋がってるの」


「ふふ……もちろん、ダンジョンの奥さ。まあ、そのダンジョンはこことは隔離された異なるダンジョンではあるんだけど」


「? それってどういうこと」


 俺の意味深な発言にシルフィーが首を傾げる。


 が、


「説明するより直接見たほうが早い。というわけであの渦に飛び込もうか。目当ての場所を引ければすぐにわかるよ」


 あえて俺ははぐらかす。本当に、実際に見たほうが早いと思ったからだ。


 この上級ダンジョン〝死なずの海濫〟のを。

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