第160話 ぎゃああああ!
シルフィー、ククと共に上級ダンジョン〝死なずの海濫〟の半ばほどまでやってきた。
このダンジョンは、要所要所に変わったモンスターを配置していた十戒とは異なり、モンスターの量と不死身さが厄介な場所だ。
実は、色違いのモンスターが出てきたあたりからそのコンセプトが牙を剥くのだが……俺がすべて正解の道を引き立てているから、グロテスクな魚とか見ないで済んだ。
十戒でいう黒騎士とかそういう感じのモンスターと戦う必要はない。
あくまで今回、俺は魔法書を取りに来ただけだ。
その目的のためには、このダンジョンのギミックをほぼ無視する必要がある。
そも、このダンジョンは敵が死なないので経験値は取得できない。
熟練度上げには向いているが、それも魔法を覚えなきゃ意味がなかった。
というわけで、本当は凶悪なモンスターたちが出迎えるはずのダンジョン内を、ほぼほぼ走り終える。
中間地点を越えるための渦のある場所までやってきた。ゴールはもうすぐそこだ。
「ほ、本当にあの渦の中に入るの? すごい回ってるわよ。あれ、出られる?」
「転移するから平気だよ。それに、吸引力はないはずだ」
少なくともゲームだと普通に入って出ていける。
「吸引力があったら、今ごろ俺たちはゴミのように吸い込まれてるだろうからね」
あの大きさの渦は船すら巻き込むレベルだ。ただの人間と妖精、ドラゴンに耐え切れるはずがない。
「ふ、ふうん……まあ、ヘルメスがそこまで言うなら信じるけど」
「怖いの? 妖精なのに」
「ダメージなくても閉じ込められたら危険でしょうが!!」
「あいた」
シルフィーに叩かれた。
なるほど。攻撃の効かない、もしくは不死身の相手を倒すのに有効な手段ではあるね、たしかに。
「ごめんごめん、冗談だよ。緊張してるシルフィーをほぐそうとしたんだ」
「余計怖いわよ!」
「あいたっ」
また叩かれた。
どうやらシルフィーにとっては、自分の防御力を貫通する攻撃(精神を大いに含む)を受けるのは嫌らしい。
そりゃそうだ。誰だってナイフを向けられたら体が硬直する。恐ろしいと思う。それが生き物としての常識だ。
「大丈夫だよ。絶対にシルフィーは俺が守る。だから安心していこう。ね」
「……馬鹿ね、根拠もないくせに」
そう言いながらもフッとシルフィーは笑う。
こつん、と優しく自身の頭部を俺の頭に当てて、信頼の形を見せた。
——ぐちゃぁ。
ただし、彼女はククの涎まみれだった。この野郎。
水属性魔法を使って涎を落としてから、俺たち三人は渦の中へと飛び込んだ。
▼
渦の中に入ると、途端に視界がぐらつく。まるで世界が回っているような不思議な感覚を覚えながらも、気が付くと視界が元に戻る。
恐らく転移が済んだのだろう。渦の中から出てみると、先ほどとは違う光景が広がっていた。
「ギョッ?」
「あん?」
目の前に、複数のモンスターがいる。
巨大な魚だ。人間サイズの体に、本当に人間のような胴体と手足が繋がっている。
これまでの魚型モンスターは、モンスターと言えども魚だった。
しかし、あいつらは違う。
普通に足で歩いてくる。首から下は人間だ。
「なにあれ気持ち悪っ!?」
非常に同意するが、そういう言葉を大きな声で言うものじゃないよシルフィーさん。
ほら、見てご覧? 彼ら、ものすごい形相でこっちを睨んでる。
つうか魚型のモンスターなのか、あれ? ゲームでも思ったが、どちらかと言うと着ぐるみ着ただけの魚っぽい人間だろ。もしくはエイリアン。
「ギョギョギョギョギョ————!!」
周囲をうろついていた魚型のエイリアンは、手に包丁を持ってこちらに全力疾走してくる。
ぎゃあああああああ!! 気持ち悪い上にこわっ!!
なんでモンスターなのに包丁持ってるんだよ! あいつらのコンセプトがわからねぇ!
とはいえ、あいつらのレベルは45くらい。
外見ほど凶悪でもなんでもない。
腰に下げていた鞘から剣を引き抜き、包丁が届く範囲に来るより先に攻撃を仕掛けた。
シルフィーも弱点である風属性魔法を使って攻撃を行う。
ククは長い尻尾で敵をなぎ払っていた。
▼
「ハァ……ハァ……あ、悪夢よ。あれは悪夢。夢に出てきそう」
必要以上に魔法を乱発したシルフィーが、肩で荒い呼吸を繰り返しながら呟いた。
俺は剣を鞘に納めてから笑う。
「妖精って夢見るの?」
「見るわよ! 楽しい楽しい夢くらい!」
別に楽しい夢に限定する必要はないのでは? 夢を見るなら悪夢だって見るだろ、普通。
現在、戦闘が終了した。地面に倒れる魚型エイリアンを見下ろして、早々に渦の中へ入る。
あいつらも不死身だ。すぐに復活するし、いい加減にしないとシルフィーが発狂する。
ぷりぷり怒るシルフィーと共に、ぴくりと動き出したモンスターを見送って視界が回った。
再び別の場所の転移する————。
▼
転移とクリーチャーの討伐を繰り返すこと数十回。
最初からすぐに目的の場所へいけるとは思ってもいなかったが、何度もはずれを引いて、その度にあのキモいモンスターと戦うシルフィーが不憫でしょうがない。
というか、彼女が遠慮なく魔法を使うせいで俺のMPもゴリゴリ減るんだが?
このあと強敵と戦うんだからあまりポイポイ魔法を使わないでほしい。
気持ちはよくわかるけどね。
そう思いながらも渦の中にまたしても入る。
何度目かの正直を祈っていると、——ふいに、ぶるりと肩が震えた。
恐怖じゃない。これは……。
「冷気?」
突然、周りの空気が急転直下で冷え始めた。
どうやら、ようやく当たりを引いたらしい。
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