第161話 白の世界

 上級ダンジョン〝死なずの海濫〟


 これまで攻略してきた上級ダンジョン、十戒と同じ最高位の難易度を誇る場所だ。


 コンセプトは不死身。


 出てくるモンスターは決して死なない上、数が多く囲まれたら一方的にボコられるというクソダンジョン。


 主に上級魔法の熟練度上げに使われるが、俺は上級魔法の習得のためにここを訪れた。


 しかし、このダンジョンにはもうひとつのコンセプトが存在する。


 ただ敵が不死身なだけなら面白くないだろう?


 それだけでは簡単すぎる。




 そんなわけで、死なずの海濫に用意されたもうひとつのコンセプトと言うのが、この——。


「さ、さむっ!?」


 渦を使ったワープを繰り返すこと数十回。ようやく当たりを引いた俺たちは、今度は極寒の吹雪の中に出た。


 妖精は物理的な干渉に強いはずなのに、世界をより楽しむためか、それとも地形による効果は受けるのか、隣に浮遊するシルフィーがガタガタと体を震わせていた。


「なによここ……さっきまでの静かで綺麗な水中はどこにいったの!?」


「くるぅっ!」


 シルフィーとは反対に、もぐもぐと吹雪く雪を食べてるクク。


 ドラゴンだからか、ククのほうはぜんぜん問題なかった。けど雪は食わないでくれ。腹下すぞ。


「ここも上級ダンジョン死なずの海濫の中だよ。まあ、厳密にはちょっと違うけど」


「ぜんぜん違うでしょ! 水と雪じゃない! どういうこと!」


 バッと弾かれたように俺の懐へ入るシルフィー。


 こんなこともあろうかと外套を羽織っていたから、内側なら吹雪による寒さも少しは凌げる。


「そうだな……うん、まあ説明するよ」


 ひとまず歩きながら彼女にこのダンジョンのことを説明する。




「まず、この雪景色の正体はダンジョンだ。そもそも死なずの海濫は前半のダンジョン名で、後半は異なる」


「前半? 後半? なんでダンジョンが前後半に分かれてるの?」


「それこそがこのダンジョン本来のコンセプトだからさ」


「遠まわしに言わず、さっさと教えて」


「はいはい」


 せっかちだなぁ、シルフィーは。こういう解説をするのに、遠まわしな表現は必要だよ? 風情ってやつさ。知らんけど。


「上級ダンジョン死なずの海濫の本当のコンセプトは……。前半は不死身のモンスターが出てくる水中迷路。そしてそれを乗り越えると、地形と即死トラップ満載の極寒ダンジョン、——〝永久凍土〟へ行けるってわけさ」


 はい拍手。パチパチパチ。




「クソね」


「わかる~」




 ほんとそれ。シルフィーの言うとおり、このダンジョンのコンセプトはクソだ。


 おまけに永久凍土はトラップ満載、地形ダメージ鬱陶しい、凍結の状態異常は死ね、というプレイヤーの堪忍袋の耐久性をはかるような仕様のため、前世、ゲームだった頃からファンから嫌われていた。


 みんな前半の水中で熟練度上げくらいしかしていない。


 だが、最悪なことに、水属性の上級魔法の書はここでしか手に入らない。


 水属性なんだから前半に置いとけよ、とはお馴染みの突っ込みだ。


「とりあえず先に進んでさっさと魔法書をゲットしよう」


「そうね……私もここはちょっと辛いわ」


「くるぅっ!」


「ククは楽しそうね……脂肪が厚いのかしら」


「たぶんね」


 シルフィーがククを羨ましそうに見つめている。


 せっかく美人なんだから、脂肪を羨んじゃいけない。そのままの君でいてくれ、シルフィー。




 内心で冗談を呟きながらも山の上をのぼっていく。


 永久凍土の山がモチーフのダンジョンだ。いまは険しいだけで道は単純だが、登れば登るほど意味不明な構造になってくる。


 さらにそこに。


「おっと」


 わずかな違和感を感じて後ろに下がると、数歩前に大きな穴が開く。


 これがこのダンジョンの即死トラップ、落とし穴だ。


 落ちたら奈落まで真っさかさま。決して助からないし、ゲームだとエンドを迎える。


「ひえ~……こんな罠がたくさんあるの?」


「わりとたくさんある」


「クソね」


「わかる~」


 本当によく解る。


 敵だけなら対処の仕方も変わってくるしそこまで疲れないのだが、トラップは完全ランダム仕様かつ即死なのでかなり神経を使う。


 ここにきてレベルもクソも関係ない即死罠ってどうよ。


 あーあ、攻略するのに時間がかかる。でも魔法書は欲しい。


 我慢して厳しい勾配の坂をあがっていく。


「そう言えばこのダンジョンにもモンスターって出るの?」


「出るよ。普通に。下手すると戦闘中にトラップ引いて落ちる」


「うわぁ……なに考えてんのよ」


「創ったヤツは終わってる」


 あのシルフィーが本気でドン引きしてる。


 彼女はダンジョンがどうやって出来たか知らない。俺はダンジョンを作ったやつを知ってる。


 製作陣マジ許さん。こんなんだからネットでも叩かれるんだよ!


 異世界転生する身にもなってほしい。




 そんな理不尽な文句を垂れていると、山の奥から数匹の狼が飛び出してきた。敵だ。


「あわわわわ! 早速現れた!」


「だね。まあ、そんなに強くないから平気だよ」


 そう言って俺は冷静に剣を構える。


 このダンジョンは、罠にさえ気を付ければ敵はそんなに強くない。そこだけが唯一の救いだった。

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