第178話 ヒント
しばらく街中を歩きながらルナセリア公爵邸に戻ってくる。
父のいる書斎へ足を運ぶと、そこで仕事中の父に端的に用件を伝えた。
「お父様、俺、東にある竜の里って場所に行くことになった。そこでちょっと手ごわい敵を倒しにいく」
「……竜の里? それが陛下に呼ばれた要件だったのかい?」
「うん。なんでも俺じゃないと解決できない問題らしい。かなり強いモンスターがいて、それを倒しにいく。ちょっと大変だから帰るのが遅くなるかも」
ひょっとしたら死ぬかもしれない、なんて実の父親には伝えられなかった。
しかし、長年一緒に暮らしていた父には俺の心境なんて手に取るようにわかる。
俺は転生して数ヶ月ほどだが、父はヘルメスが生まれた頃から一緒なのだ。
ジッと父の瞳が俺の顔を捉える。
少しして父は深いため息をついた。
「ハァ……我が子はどうしてこう、渦中へ巻き込まれるのだろうね。天才だからかな? 我が一族の中でも飛び切りの天才だから、世界のほうが放っておかないのか……なんてね」
「ちょっとくさいですよお父様」
「いいじゃないかたまには。実際、ヘルメスはいろいろなことに顔を突っ込んでいる。夏にあったモンスターの襲撃から街を救った話だって、私はいまでもゾッとするよ」
夏にあったモンスターの襲撃事件……人造魔人のやつか。
当時俺はレベル40くらいで、相手はレベル50の魔人。
特に苦戦はしなかったが、彼女を救うことができなかったのは少しだけ残念だったな。
まあ物語の強制力が仮にあるなら、俺がどう頑張っても彼女を救うことはできなかったが。
「安心してください。勝てないと思ったらなにを捨ててでも帰ってきます。俺はあくまでルナセリア次期公爵ですから」
「そうか……それが解っているならいい。頑張ってきなさい、ヘルメス」
「はいお父様。我が家の名前に恥じぬ働きを」
それだけ言って俺は自室に向かった。
多分、お父様にはバレていただろうな。俺がどれだけ追い詰められても逃げるつもりがないことを。
本当は知りたくなかったが、俺はこの世界の主人公のひとり。
シナリオが迫ってくるというなら逃げるわけにはいかなかった。
俺が逃げたらだれがこの世界を救う?
大好きなこの世界を救えるのは、たぶん、もしかすると、俺しかいないかもしれない。
今回は特に名指しでの仕事だ。きっと俺にしかこなせない何かがある。
だから俺は逃げない。
必ず正面からイベントをクリアしてみせる。
▼
覚悟を決めた翌日。
俺は学校に行って、ヒロインたちにしばらく王都を出ることを伝えた。
それぞれ1と2のヒロインたちが俺のことを心配してくれたが、彼女たちにはちょっとした観光だと伝えておく。
本当のことを言うと止められると思ったからだ。
それに、下手に彼女たちがついてきて犠牲者が出たら最悪すぎる。
すぐに帰ってくることを伝え、俺は最後に、アトラスくんを休憩室に呼び出した。
ソファに腰を落として話を始める。
「やあアトラスくん。わざわざ呼び出してすまないね」
「構いませんよヘルメスさま。その後の進捗はどうですか? 順調ですか?」
「ストーリーが進行しているって意味なら順調だね。君が言ったように、竜の里から巫女を名乗る女性がやってきた。世界の危機だってさ。俺はそれを救いに行ってくる」
「うわぁ……ヘルメスさまだけなんだかハードルが高くありませんか? 主人公としての役目を放棄してる僕が言えた義理ではありませんが」
本当だよ。転生させた神様も、せめて前もって知識を持たせるとかしてほしかった。
アトラスくんだけヘルモードで草も生えない。
「そうだね……まあ、自分から顔を突っ込んだ部分もあるし、今さらストーリーに混ざるのは構わない。問題があるとしたら、何が起こるのか解らないってことくらいかな」
「一番大事じゃないですか……なにか勝算は?」
「一応ある。というか用意してきた」
ここ最近のダンジョン特攻で上級魔法はかなり習得した。
ステータスも伸びたし、あとは竜の里にあるだろうダンジョンに期待する。
そこでレベルを少しでも上げて、世界の危機とやらに対処する予定だ。
「さすがですねヘルメスさまは……落ち着いていらっしゃる」
「最初は動揺したさ。経験の賜物かな? まあ、どう転んでも頑張るしかないなら、緊張してる暇もないってね」
「うぅ……なんだか本当にすみません。僕が役に立たないせいで不安ばかりを募らせて」
「アトラスくんのせいじゃないだろ。君はなにも知らずにこの世界へ転生しただけ。なに、俺がすべて片付けてくるから安心してくれ」
「ヘルメスさま……きゅん」
「やめろ」
そういうゲームじゃないから。
……え? 発売してないよね? Bから始まる特別バージョンとか。
出てたらヤバい。鳥肌立つ。
「それより何か他に情報があったりしないかな? 王都を出る前に聞いておきたい」
「他に情報、ですか。うーん……」
顎に手を添えて考え始めるアトラスくん。
しばらくすると、彼は「そう言えば」となにかを思い出す。
真面目な顔で言った。
「竜玉ってご存知ですよね」
「もちろん。話は聞いてるよ」
「ならその竜玉、絶対にドラゴンに渡しちゃダメですよ! たしかヘルメスさまが持っていないとまずかったはずです」
これは……役に立つ情報かな?
すでに似たような話を聞いている、とは言えなかった。うん、一応感謝しておく。
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