第130話 もうひとりの代表生徒

 我が最愛の妹ルキナ・フォン・ルナセリアが乱入した祝勝会は、特になにかがあるわけでもなく、順調に進んでいった。


 彼女は俺が関わると頭のネジが吹き飛ぶが、そういう兆候が見られることもなく、普通にミネルヴァたちと仲良く過ごしていた。


 中でもレアは、ぐいぐいとルキナに絡み、魔法の話で盛り上がる。少しだけ蚊帳の外だった俺とミネルヴァが、椅子を近づけて会話を続けた。


 その際、ミネルヴァは嬉しそうに俺に身を寄せてきた。生憎とそれで動揺するほど俺は童貞じゃないが。


 少しだけ顔が赤くなったし、噛むことはあっても全然ぜんぜん平気だった。俺が平気だと言うのだから全然平気なのだ。


「……っと、皆さん、そろそろ帰る支度をしないといけない時間ですわ」


 ラウンジ内に立てかけてあった時計を確認するミネルヴァ。遅れて俺もそちらへ視線を延ばすと、時計の針は夜の時間を差していた。


 周りを見ると、外は夕陽が徐々に傾いて暗くなってきている。


 ミネルヴァの言うとおり、そろそろ寮に戻らないと彼女たちはともかく、明日も試合がある俺は響くな。


「え……? もうそんな時間?」


「楽しい時間はあっという間に過ぎると言いますが……本当に残念ですね」


 少しだけ離れたところで談笑していたレアとルキナも、ミネルヴァの発言と外の景色を見て、ハァ、とため息をついている。


 ルキナは生粋の魔法使いでもある。性質はどちらかと言うとレア寄りだ。


 彼女自身が、【神聖】と【闇】の二つの属性を操る天才でもあり、唯一無二の希少性で知られていることからレアと話が弾んだらしい。


 珍しく俺以外の人間と深く関わっていた。


「ね~。でもルキナさんは明日もお兄さんの試合を見ていくんでしょ?」


「はい。お母様には許可を貰っています。この日のために私、頑張りましたから!」


「そうなんだ。お兄さんのために頑張るなんて、ルキナさんはいい妹だねぇ」


 レアが朗らかに笑ってルキナを褒める。褒められたルキナもまんざらではない顔をしていた。


「ふふ、ありがとうございます。なので、明日もレアさんがよければお話にお付き合いさせていただきますよ」


「話が早いね! もう少しルキナさんとは話がしたいと思ってたんだ!」


「残念ながら夜には実家のほうに行かなければなりませんが、それまででしたら」


「十分だよ!」


 賑やかに話を続けるレアとルキナ。


 その二人の会話がひと段落ついたところで、俺は、「ごほん」と喉を鳴らして席を立つ。


「それじゃあルキナを見送らないといけないし、祝勝会はお開きで。各自、コップはゴミ箱に入れてね。飲み物とお菓子はあとで使用人に回収させるからそのままでいいよ」


「わかりましたわ」


「了解!」


「ありがとうございます、お兄様」


 ミネルヴァ、レア、ルキナの順にそう答え、俺たちはラウンジから外に出る。


 その頃には、オレンジ色から深い紺色の闇が世界の片隅に見えた。


 このくらいの時間が、ある意味いみ一番いちばん幻想的に見えるのは、俺の心が少しだけ寂しいからかな。


 先にレアとミネルヴァと別れる。


 ルキナは馬車で学園から立ち去り、王都にあるルナセリア公爵邸に向かうからだ。


 そこで父が彼女の帰りを待っている。


「それではお兄さま、私もこれで。また明日、お兄さまのご活躍を楽しみにしています」


「ありがとうルキナ。明日はもう少し個人的な時間を取るからね。今日はぜんぜん話せなかったし」


「わあっ! ありがとうございます、お兄さま!」


 最後に飛び切りの笑顔を見せてから俺の頬にキスを落とし、るんるん気分のまま彼女は馬車に乗り込んだ。


 ルキナを乗せた馬車が校門を潜り、薄暗い道の奥へ消えるまで手を振ってから、

遅れて俺は男子寮のほうへと向かった。


 今日は色んな意味で慌しい一日だった。明日もこんな日になるのかと思うと、少しだけ苦笑するし、少しだけ楽しみである。




 ——そんな時。


 男子寮の前で、珍しい人物と顔を合わせる。


 向こうもこちらに気付いた。


 足を止め、ギラギラに闘志を漲らせて俺を睨む。懐かしい過去の記憶が蘇った。


 【ラブリーソーサラー】最初の共通イベント、【学年別試験】の剣術試験で顔を合わせた、王国屈指の武闘派貴族——ロレアス・グラディール。


 かつてセラ・クリサンセマムを虐めていた男子生徒だ。


 互いに見つめ合い、向こうから先に口を開いた。


「ヘルメス……様。こんな時間まで外で誰かとお話でも? 大層、ご人気があるようですからね」


「あはは……まあね」


 彼と俺は相性が悪いうえ仲が悪い。あの時の関係をそのまま引きずっている。


 おまけに、俺が凄まじいくらいモテるからその僻みも入っている。


 聞いたところによると、彼、あんまりモテないらしいから。


「ッ! ずいぶんと余裕だ。明日は剣術の部があるというのに、もう勝った気でいるのですか? 精々、足を掬われないように気をつけることですね! まあ、俺が必ず勝ってみせますが!」


 そう言うとロレアスくんは先に男子寮の中へと消えた。


 ほぼ一方的に嫌悪感だか敵対心を向けられた俺は、できれば彼とも少しは仲良くしたいと思っている。


 だって俺たち、一応、仲間同士だよ?


 ……なんて、無理な話か。絶望的に俺たちは相性が悪い。

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