第131話 険悪の仲
過去の因縁のようなものがある伯爵子息、ロレアス・グラディールくんと別れたあと、少しだけ気まずかった俺は時間をズラして男子寮に戻った。
その日は特になにかをするわけでもなくベッドに沈む。
翌日が試合だとしても、いや……試合だからこそいつも通りに過ごす。
それが一番大事なことだ。
翌日。
清々しい朝の気配を感じて起き上がる。
窓の外には晴天が広がっており、カーテンをあけて外の景色を楽しむ。
【秋の対校戦】、二日目。
本日は剣術の部が始まる。
▼
着替えを済ませて男子寮を出る。しっかりと授業で使う木剣を持参し、第一訓練場へと足を踏み入れた。
すると、すでにちらほら多くの生徒が観戦席に座っている。
俺が入るなり、ほとんどの視線が吸い付いた。
「期待……されているのかな」
「——当然」
後ろから声をかけられた。
ちらりと視線をそちらへ向けると、俺の背後には白髪の女性が立っていた。
フレイヤ・フォン・ウィンター侯爵令嬢だ。涼しい表情で俺の顔を見つめる。
「王国にいる学生でヘルメスを知らない人はいない。もしいたとしたら完全にもぐり。ありえない」
「やあ、フレイヤ。君もいま来たところかな」
「ん。そう。タイミングよくヘルメスの背中が見えたから急いで走ってきた」
「急ぐ必要はないのに。まだ試合が始まるまで時間がたっぷりあるよ」
「ヘルメスと話したい。実は、少しだけ緊張してるから」
「緊張……? フレイヤが?」
珍しい、と言えば失礼になるのかな。
ゲームでも彼女はたいへんクールだった。テキストに描写されていないだけで、実は負けることへの不安があったりするのだろうか。
首を傾げると、彼女はこくりと頷いた。
「緊張くらいする。目の前でヘルメスに戦いを見られるのだから」
「……それって、もしかして俺のせい?」
「ヘルメスは悪くない。ただ、私の気持ちのせい。ヘルメスの前ではなるべく負けたくないし、みっともない姿は見せたくない。ヘルメスは、いまの私の憧れだから」
ジッと赤い瞳が俺を捉える。瞳の中には、ありありと複雑な感情が宿っていた。
「君にそう言われると照れるな……でも、それだと俺もフレイヤの前で負けるにはいかないね。憧れられているフレイヤの前で、
「平気。どうせヘルメスは負けない」
彼女はハッキリとそう断言した。
すると、さらに彼女の背後から声が届く。今度は低い男性の声だった。
「——果たして、剣術のほうでもヘルメス様は勝てますかね」
「ロレアスくん」
入り口から姿を見せたのは、つい先日、俺に並々ならぬ敵対心を向けていたロレアスくんだ。
吊り上がった目でなおも俺を睨みながら続ける。
「たしかに魔法の部での試合は圧倒的でした。ですが、今回は剣術。前回と同じように完勝できるとは思わないことですね。油断は敗北に繋がる。剣術のほうが疎かになっていないといいんですが……」
どこか嫌みったらしくそう言ったロレアスくんに、別に言い返すことのない俺。
事実、剣術はまだ上級に達していない。条件をクリアしていないので未だに成長が止まっているのはたしかだ。
しかし、俺の代わりにフレイヤがロレアスくんに牙を剥く。
「ヘルメスが負けるより、あなたや私が負ける可能性のほうが高い。はるかに、高い。そして私より弱いあなたが負ける確率が
「ッ……!? ふ、フレイヤ……様」
ギリリ、と厳しい言葉を受けてロレアスくんの表情が鬼のように赤くなる。あれは照れているのではない。怒りに狂っている顔だ。
フレイヤのやつ、わりときっつい言動だな……。
ゲームの頃から彼女はズバズバ人に物申すタイプの人間だったし無理もないが、どことなく怒っているように感じるのは俺の気のせいか?
まさか、俺がなめられるのが嫌だった、とか?
いやいや。なわけないか。普通にフレイヤが優しかったと思っておこう。
そしてそのタイミングで、ロレアスくんが何かを言うまえに会場がにわかに音を上げる。ほとんど全ての生徒が揃ったのだろう。
時間はまだ試合開始まで余裕があるが、奥で俺を見つめる顔に気付く。
ロレアスくんから視線を外してそちらを向くと、すでにニュクスの姿がそこにはあった。
ある意味ロレアスくん以上の感情を乗せた視線が突き刺さり、彼女もまた凄まじい気合が入っているのがわかる。
今日も彼女と俺は戦うことになるのだろうか。
そうなれば、少し前に戦ったときと同じ結果にはならないだろう。
彼女も俺の動きを対策してくるし、何より今度は全力で剣を振るうはず。
それが楽しみなようで、少しだけ寂しかった。
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あとがき。
三章は正直おまけ回だったのに長くなった!
四章ほそぼそと書いてます……
あ、たくさんのギフトありがとうございます!!!
来週にもエリス短編投稿するぞ〜(もう書き終わってるので)
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